第43話 夢の話5

「美春様、放課後は水着を買いに行きますからね」

「え、何で?」


 どうしてそんな話になったのでしたっけ?

 ああ、そうか、これは夢か――。


「何で? ではないですよ! 林間学校のしおりにちゃんと書いてあるじゃないですか」

 朱莉さんがすごい勢いで捲くし立てます。


「臨海学校ならわかるけど、林間学校に水着が必要なの?」

「美春様、滝行の体験の時に着用するのですよ」

 衣織さんが静かに教えてくれました。


「滝行なら、子供の頃神薙で随分やらされたけど、水着なんか着なかったわよ?」

「美春様、神薙での修行と比べたら駄目です。今回のは一般人がやる体験ですから」


 衣織さんも神薙での修行については知っていますから、彼女が言うならそうなのでしょう。

「そんなものなの? でも、それなら、わざわざ買わなくても、学校指定の水着で十分じゃないの?」


「チッチッチ、美春様、もしものことがあったらどうするんですか。スクール水着じゃ勝てませんよ!」

「朱莉さんが何と戦うのか知らないけど、もしもの時には学校指定の水着の方がいいと思うけど――」


「そうよ朱莉さん、スクール水着は一部マニアに人気なのよ!」

「衣織さんも何を言ってるんですか!!」


 結局、私たちは放課後、水着を買いに、ショッピングモールに行くことになりました。


 ショッピングモールの三階にある特設会場が、水着売場になっていました。

 私たちは三人がそこに着くと、既にクラスで見知った顔の二人が水着を選んでいました。


 一橋さんと、一緒にいる男子生徒は……名前は何でしたっけ? 前髪で顔が良く見えませんが、同じクラスの余り目立たない男子生徒であることは間違いないです。


 しかし、彼は、一橋さんと水着を買いに来るほど仲が良かったのでしょうか? 教室ではそんな素振り見たことがありませんが――。

 これは、あれですね! 内緒でお付き合いをしているとかですね!


 でしたら、ここは見て見ぬふりをして、こっそり見守らなければいけませんね。

 決して、声などかけてはいけません。


「あ、なんだ。一橋さんも来てたのか!」

「朱莉さん! ――と、みなさんも林間学校用ですか?」


 朱莉さん! 空気を読んでください。空気を。


「そうだよ。一橋さんは珍しく一人……。ではないのかな――。お邪魔だったかな?」


 そうですよ。朱莉さん。気付くのが遅過ぎですよ!


「あ、悠人君はたまたま、そこで会っただけだから! 万場さんも一緒だから! 試着室に行ってるだけだから!」

「ふーん。そうなんだ。でも、悠人君って呼ぶ仲なんだ?」


「たまたま、近所に住んでいたから、幼馴染というだけだよ!」

 彼が朱莉さんに二人の仲を説明しています。


「……そう、たまたま、だけ、なのよ――」

 彼の説明に、一橋さんは少し寂しそうです。


 それにしても、彼は、悠人という名前なのですね。

 そんな名前でしたっけ?


 そういえば、億田先輩も近所に住んでると言ってましたね。

 何やら複雑な関係があるような感じでしたが――。


 まあ、第三者の私が踏み入るべきことではないでしょう。


「おや。美春さんたちも来てたのか。知ってるかい。この二人幼馴染なんだってさー。学校ではそんな素振りこれっぽっちも見せないのに、怪しいよなー」


 ああ、朱莉さんと同様、全く空気を読まない人が試着室から戻って来たようです。


「万場さん、よい物がありましたか?」

「ぱっと見良さそうだったけど、試着してみたら、ちょっと合わなかったよ」


 私は空気を読んで話を逸らします。


「そうですか、万場さんならどれを選んでも似合いそうですけどね?」

「美春さんほどではないよ。それより、あの二人、本当にただの幼馴染だと思う?」


 折角、話を逸らしたのに、戻さないでください!


「私に聞かれてもわかりませんわ」

 万場さんに返事をしつつ、つい、彼の方を見てしまいます。

 彼もそれに気付いたようです。


「あ、男の僕がいると選び辛いですよね。僕はこれで失礼するよ。じゃあ、また」

 私の視線の意味を誤解したようです。彼は一橋さんに手を上げ去っていきます。

 そんなつもりはなかったのですが。

 一橋さんは少し残念そうです。


「美春様、馬に蹴られますよ!」


 いや、衣織さん、本当に邪魔する気はありませんでしたから。


「ごめんなさいね。一橋さん」

 私は一応一橋さんに謝っておきます。

「別に、そんなんじゃないから気にしないで」

 一橋さんは笑って応えてくれました。


 その後は、朱莉さんと衣織さんに色々な水着を勧められ、その中から一番無難そうな、ラベンダーブルーでシックな色合いのワンピースを選びました。


 朱莉さんは、派手な色の柄の入ったハイネックビキニを、衣織さんは、黒のモノキニを選んでいました。

「朱莉、それだと行衣が濡れると柄が透けて見えますよ」

「なに言ってんの衣織、それを狙ってるのよ!」

「いくらなんでも不心得が過ぎますよ!」

「えー。衣織は硬過ぎるのよ」


 朱莉さんは、文句を言いつつも、選び直すことにしたようです。


 私と朱莉さんと衣織さんは友達ですが、ただの友達ではありません。

 所謂、ご学友というものです。親が付けてくれた、付き人、お世話係、お目付役、なのです。

 そして、朱莉さんは久千家の関係者で、衣織さんは神薙家の関係者です。


 久千出身のお父さまと神薙のお爺さまは私のことで対立しています。

 ですので、二人の関係は微妙といえば微妙なのですが、表面上は、私も含めて、うまくやっているように見えます。


 ピピピ、ピピピ、ピピピ。


 ああ、目覚ましが鳴っています。起きて学園に行かなければ……。

 あっ。違います。今日は護衛依頼を受けていたのです。

 遅れないようにスマホにアラームをセットして置いたのでした。

 早く起きないといけません。


 私は急いで目を覚し、アラームを止めるのでした。


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