2019年11月3日 同人誌が出るくらいには中堅

――雪城市 雪城高校3F:ミステリ部部室――


▶放課後、青葉がスマホ片手に膝を組んでますね。先生の仕事を堂々とサボってるようです


青葉「それじゃあみんなせーの!あ・え・い・う・え・お・あおば!!」 


夏乃「ああ今日も平和だ無為に時間が過ぎていく」


青葉「――あーそういえばなつのん、Vtuberって興味ない?」


夏乃「ええーあんまり。先生がするなら一応追うよ」


青葉「じゃあこれ知らないなー???ひなたん今Vしてるんだよ。毎日彼氏との惚気喋るエロギツネで話題になってる」


夏乃「うっそひなたんなにしてんの……彼氏!?」


青葉「て言ってもなー。ひなたん静岡の伊東にいるんだけど、秋斗くんしかいなかったはずなのよなー。――というか、立地的に確か店主のおっちゃんと3人のはずなのよ」


夏乃「なーんも聞かなかったけどなー。見た目年齢で釣り合う年下くんとかだったら面白いけど」


青葉「ま、秋斗くんでしょうね。昨日の生だと一緒に水族館行ったんだって」


夏乃「人が言わなかったことを……ちょっと放送見せてよ」


青葉「しゃーねーなー。ちゃんとチャンネル登録してあげてね」


▶青葉はiPadからさらさらと ひなたんねる ってページから最新のアーカイブを出します


ヒナ「あーあー、聞こえてる?おっけー?よーし……やっほー、実在性バーチャルお狐様の柏木ヒナだよー。はい、今日はね、フリートークというかグダグダ雑談の回です!」

ヒナ「ってことでテーマはコメントから拾っていくね。――最近行った場所の思い出?」

ヒナ「そうだなぁ、最近だと水族館かなぁ。そこでペンギンへの餌やり体験があってね。ほら、よくTwitterとかでペンギンの口の中が怖いって話題になってたじゃん?」

ヒナ 「ふと気になって覗いてみたんだけどね……いやー思いの外怖くって」

ヒナ 「とっさにマネージャーにしがみついちゃってそのまま二人してこけちゃったんだよね。いやー思い出すと結構恥ずかしいなー」


▶青葉は動画ボタンを押して再生を止めますね


青葉「ポチ。ま、こんな感じの配信よ。2日に1回位こんな感じでイッチャイチャしてる。秋斗くんも浮気浮気よ」


夏乃 「こんなのチャンネル登録しろって私そんな修行しないから……。それより秋斗くんだよ、ちょっと呼び出せないの」

青葉「せっかくの友人なのに……。ま、そう言うと思ってこの話題振ったんだけどね。静岡のおっちゃんから援軍のお知らせが来てて……、行く?」


夏乃「いくいく。緋奈が私に友人としてこれを胸張って提出できるっていうなら私も友人として登録しようじゃないの」


青葉「おーおーこわいこわい。じゃ、内容についてはおっちゃんに聞いてね。明日のお昼に着くって連絡入れとくわ」


――静岡県 伊東市 温泉地紅葉――


▶海沿いの旅館が立ち並ぶ一角に、温泉地紅葉はあります。ロビーで浴衣姿のおっちゃんが、ココアを緋奈と秋斗に持ってきますね


浴衣「じゃあ柏木さん。20時からルイマン3の実況をするから、喉のケアしっかりしておいてね」


緋奈「わかりましたー……、っていっても特にすることも無いしなぁ。秋斗君、何かある?」

秋斗「んー、何かっていってもなあ。あー、それたしか対戦のミニゲームとかなかったっけ?本番前に肩慣らしとかしとくか?」


浴衣「あーごめんよ萩原くん。15時から祓川のとこの子が援軍で来るみたいでね。顔合わせを先にやってもらおうかなと思って」


緋奈「二人プレイモードが……はぁ」

秋斗「先生の?誰だろ、名前とか聞いてます?」


浴衣「うん。鈴倉さんだって。うちに足りない補助の英雄様を派遣してもらってね、――祓川も気が利くようになったなと思うよ」


緋奈「あっそっかー……夏乃が来るんだね…………。いやー私全然会ってなかったから楽しみだなー!」

秋斗「はえー、夏乃か。そりゃまあずっとここにいたし、誰に会うにも久しぶりだけどなあ」


浴衣「知り合いなのか。じゃあゲスト配信に呼ぶとかも出来るのかい?」


緋奈 「あはは、それはちょっとやめたほうがいいかなぁと……。あっ仲が悪いとかじゃないんですよ!友達ですし。ただリアルのあれこれが漏れちゃいそうで不安だなー、って……」

秋斗「あーどうでしょう。というか夏乃もVやってるんか……?特に聞いてないし多分やってないだろうけど。いや、でも実在性名乗るなら割とありなんですかね?」


浴衣「まさか……Vtuber事業の本質、祓川から聞いてないのかい?それと、そこで見てるキミ。入ってきていいよ」


▶おっちゃんが暖簾の奥に向かって声をかけます。おずおずと夏乃が入ってきますね


夏乃「やっほー久しぶり。緋奈……、こないだの配信見せてもらったよーVtuber始めるなら教えてくれればよかったのに」

緋奈「久しぶりー。ほんと卒業式以来だよね。いきなりVtuberになれって言われて最初は恥ずかしくってね……。今は今で、なかなか見てくれる人が増えなくて困ってるんだー」

秋斗「おう、久しぶり夏乃。といっても顔を合わせるのはだし、そんなに久しぶり感ないけど」


浴衣「はじめまして。僕は白波。まあおっちゃんでいいよ。キミが鈴倉さんだね?」


夏乃「そうですそうです。援軍として送られてきましたよろしくお願いします」


▶おっちゃんは、ロビーからスタッフルームにさらっと案内して少し上等な椅子に3人を座らせるよ


浴衣「祓川の尻ぬぐいもしておくか。――Vtuber事業というのは妖怪の実在性、生存戦略なんだよ。今のネットで、あれだけ皮をかぶってる人間がたくさんいたら1人や2人、本物が混ざってても誰も気にしないものなんだ」

浴衣「むしろ現実で実在性のあるエピソードを話せば話すほど、あのVは本当にいるかもしれない……、という認知と実在性を高め妖怪としての力や知名度の誇示につながるんだ。うちの稼ぎ頭のこのはちゃんとかも、妖怪だよ」


秋斗 「うっへ、全然聞いてないぞ……。唐突にVtuberしろってあの先生……」


浴衣「ただ、この戦略には問題点があってね……。見てもらったほうが早いかもだ、早速で悪いが車に乗ってくれ」


緋奈「あっはい。見るって言っても何を見るんだろう……」


――静岡県 伊東市 某所――


▶おっちゃんの乗る車に揺られ、しばらく山登りをした後到着します。どうやら朱鷺森神社のようですね。ただ山奥にあるせいか、廃神社になっているようですね


浴衣「ここだよ。僕が君たちが配信しているときに手入れしてる場所なんだ。見せかけだけは廃神社になっているよ」


緋奈「見せかけだけ?ということは、実態は別物なんですか?」


浴衣「そうだ。実はここは悪鬼があるんだよ。と言っても、僕が集めたものなんだけど」


▶そう言っておっちゃんは機械を置きます。すると、社の周りに橙色の悪鬼が発生していきますね


夏乃「配信してる時にそれを……?」


浴衣「うん。入ってみてくれ。僕と変わらない実力を持った君たちなら死ぬことはないと思うよ」


秋斗「なんかこう言うの、なんとなくペルソナのとき思い出すな」

緋奈「オレンジって初めてみるよね。大丈夫なのかな、ちょっと不安……」

夏乃「一緒に頑張ろうね」


――ファンアート――


▶真っ白に罫線が引かれたような空間ですね。Vtuberがよくいる空間ととても似ているな、と感じました。和洋折衷の柏木ヒナの格好をした柏木緋奈が、3人いますね。何れも和服がはだけていたり、顔が恍惚としたりしています


緋奈 「えっ、これって……」


浴衣「見ての通りだ。本質的に妖怪は全ての概念を吸収しその力を取り込む。ただ、まあこういう界隈だ。取り込ませるのには問題のある概念だってあるんだ」


ヒナA「ねえ、マネージャー……。私、我慢できなくなっちゃった……。セキニン、取ってくれる?」

ヒナB「待って待って!わ、私そんなつもり無かったんだよ?ね?話聞いてマネージャー!?ごめんごめん!ね?今なら何もなかったってことにしてあげるからさ!」

ヒナC「私ってそんなに魅力ない?これでも頑張って女の子してるんだけどなー?ねえ、そんなにあの子のほうがいいの……?私じゃダメ……?」


▶それぞれのヒナが、思い思いのことをうわ言のように喋っていますね


浴衣「柏木さん、この概念。欲しいかい?」


緋奈「これをほしいって言ったら……私、どうなるんですか?」


▶おっちゃんははだけた学生服のヒナBを見て、顎に手を当てます


浴衣「この元の概念、タイトルは確か……『友達だと思ってたのに……』の柏木ヒナの性格になる」


緋奈「それは、ダメです。そんな概念いりません……。私は私です。そんな風に性格が変わるなんて、受け入れられません……」


浴衣「そう言うと思ったよ。だから隔離して、僕が無かったことにしてるんだ。人間だと、基本的に概念の影響は小さいし、見ないふりすればいいんだけどね」


▶ふらっと振り返り、気づけば手に持っていた長刀を肩でポンポンとした後白波は地面を思いっきり踏み込んで、3人のヒナを居合斬りで真っ二つにして、刀を鞘に収めます


浴衣「一応援軍をお願いしたけど……、まだ必要なかったね」


緋奈「あの、こんなことまでしてもらってまで……、Vtuberをやらなきゃいけないことなんでしょうか?」


浴衣「柏木さんは気づいてないかもしれないが……。キミはもう既に概念を取り込んでいる。現に僕と出逢った頃、どういう対応を取っていたか思い出せないだろう?」

浴衣「――萩原くんは覚えているだろうけどね。既に僕と出逢った頃のイメージが萩原くんと柏木さんで違うんだ」


秋斗「はー、なるほどなあ。良くも悪くも周りからの影響受けやすいのか」

夏乃 「とはいえあんなに楽しんでやってたんだし、そう簡単にやめちゃっていいの?」

緋奈「けど、けど……。その話が本当なら、今までの思い出が信じられなくなって、私はいつの間にか私じゃなくなっていって……」


浴衣「そうだね。それを防ぐためにVtuberで配信をやってるんだ。――本当は生主でやるのがベストなんだが、それだとあっという間に概念を取り込んでしまう。絵のモデルにワンクッション置いてもらってるんだ」

浴衣「――今の柏木さんに便利な概念だけ身に付けてるんだよ。例えば水族館に行っただろう?」


▶おっちゃんは、懐から同人誌を取り出します


浴衣「この『友達だと思ってたのに……』から、ペンギンのフードをかぶると水を出しながら蹴る描写がある」

浴衣「鈴倉くんに着せてみるといい。このペンギンフードはあげよう」


▶秋斗に同人誌の表紙とそっくりのペンギンフードを手渡します


秋斗「はい。えっと、こんな感じか?緋奈より高いからちょっとやりづらいな」

夏乃「……似合う?」

秋斗 「そりゃもう、もちろん」


▶秋斗は夏乃にペンギンフードを着せます。特に何も起こりませんが、かわいいです


浴衣「じゃあ柏木さん。キミもやってみてくれ」


▶秋斗にもう一着のペンギンフードを渡します。さっきより丁寧に緋奈に着せますね。かわいいです


緋奈「えっ……はい。こう、ですか?何も起こらないですよね?」


▶軽くバク転をすると、水流が綺麗に三日月に出て、水が秋斗にかかります


浴衣「この通りだ。妖怪の場合、取り込む概念さえ選んでしまえばいくらでも無意識的に強化ができる」


緋奈「うそ、こんなの知らない……。私、こんなことできないはずなのに、なんで……?なんで……」

秋斗「――この時期に水浸しって結構きついのでは?それはそれとして、もし変な概念取り込んじゃった場合ってどうするんです?」


浴衣「諦めるしかない。取り込んだ時点でどうしようもできないからね」

浴衣「人気になればなるほど、取り込むべきではない概念も増える。柏木さんは今は1万人くらいだけど、このはちゃんレベルになると大変だろうね」


秋斗「はー……、取捨選択はきっちりとだなあ」


浴衣「ま、講義はこんなもんかな。次からはこの仕事、萩原くんにも手伝ってもらうからね。鈴倉さんはどうする?ゲスト配信するかい?」


秋斗「ウッス」

夏乃「んーいやぁ、邪魔しちゃ悪いですし」


浴衣「モデルもあったんだけどなぁ……。こっそり人気が出て、再出演!とか考えてたんだけど。フラレちゃったなぁ」


秋斗「用意周到すぎる……。まあ再出演するかはともかく、一回くらいはいいんじゃないか?そうできる経験でも、まあ最近はなくもなさそうではあるけども」

緋奈「私、どうなるの……。ねぇ秋斗くん、私こわいよ。私が知らないうちにどんどん変わっていくなんて嫌だよ……」

秋斗「うーん、まあ、大丈夫っしょ。今度から手伝うらしいし、あんま変なのも残しておけないし」

夏乃「秋斗くんがいれば大丈夫そうだね、応援してるよ。……まだ」


浴衣「じゃあそろそろ時間かな。――鈴倉さんの配信、僕も楽しみにしてるからね。……帰ろうか」

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