第3話 幸せが崩れる日

それから日が過ぎ、璃茉は少し不安になっていた。

母親の春嵐が、帰宅する予定の日になっても帰ってこなかったからだ。

そんな不安を取ってくれるかのように、兄妹たちは璃茉に声をかけてくれていた。

そして時間がある時は、白虎が武術を、玄武が弓の使い方を教えてくれていた。

普段我侭を言わない璃茉が、唯一言った我侭だったからだ。





そんなある日。


「大変だっ!!!」


力一杯扉を開け、白虎が飛び込んでくる。

その姿に、椅子に座って本を読んでいた青龍が眉間にシワを寄せた。


「白虎、扉は静かに開けなさいと、何度言ったら…。」

「それどころじゃねぇよ!!…『結界』が!!」


白虎の口から『結界』という言葉が出た瞬間、青龍はもちろん、璃茉の傍にいた朱雀と玄武も顔つきが変わった。

そんな4人を、璃茉は傍で不安そうに見つめていた。


「『結界』?…何?」


不安そうにしている璃茉を、玄武はハッとして抱きしめる。

それを見た青龍は、再び話始める。


「…何があったんですか?」

「さっき、晩飯にと思ってイノシシを追いかけてたら、この森に孟買麻国の兵士がいたんだよ!」

「なんですって!?」

「それで不思議に思って、結界を調べたら…。」


白虎はそう言うと、俯いてしまった。

そんな彼の様子を、玄武は不安そうに見つめる。

朱雀はハッとして、口を開いた。


「…まさか…。」

「その『まさか』だ!!結界が消えてたんだよ!!」


白虎が叫んだ途端、いきなり外から大声が聞こえた。


「ここに『翼人』と四聖獣がいると聞いた!!雲雕(うんちょう)様がお前たちに会いたいと言っている!!大人しく出て来い!!」


慌てて青龍が窓に近づき、そっと外の様子を覗くと、家の周りにはいつの間にか沢山の兵士が取り囲んでいた。

白虎も別の窓から外の様子を見て、小さく舌打ちした。


「かなり囲まれてるな…。」

「これは、かなりヤバそうですね…。」

「青龍、白虎。逃げ出せそうか?」


外を覗く二人に、朱雀が声をかけた。

聞かれた青龍は、朱雀の方を見ると肩を竦めた。


「なんとか逃げれると思いますが、雲雕はかなりの兵をココに連れてきたみたいですね。」

「そうか…。やはり、強行突破しかないな。」


朱雀の言葉に、白虎はよっしゃー!!と嬉しそうに声を上げた。

そんな白虎に、青龍は冷ややかな視線を向ける。


「何嬉しそうな声を出してるんですか。」

「当たり前だろ?久しぶりに暴れれるんだ!!嬉しいに決まってるだろう。」

「知りませんよ、そんなの。」

「あとで倒した兵の数が少なくて泣くなよ?」

「貴方が倒す前に私が倒しますから大丈夫です。」

「なんだとっ!?」


青龍と白虎のやり取りを聞いて、…は不安そうな顔を見せた。


…ここで戦が始まっちゃうの?

沢山の人が死んじゃうの?


不安そうにしている璃茉に、玄武が気付いた。

そして、そっと彼女の手を握る。

優しい温もりに、璃茉が慌てて自分の隣を見ると、玄武が優しく微笑んでいた。


「璃茉、大丈夫ですよ。青龍も白虎も人を殺す事はしません。」

「本当に?」

「ええ。」

「…よかった。ここで戦が始まるんじゃないかって思っちゃった…。」


玄武の言葉に安心したのか、嘩燐は小さくため息をついた。

そして、心配してくれた玄武に微笑んだ。


「ありがとう、玄武。」

「どういたしまして。」


外をうかがっていた白虎は、玄武達のそばに居る朱雀の元へ歩き出す。

それを見ていた青龍も彼女の元へ向かう。

4人が揃ったその時。

璃茉の身体が光を帯びた。


「な…!?」


ふんわりとした光をまとったと思ったら、その光はすぐに消えた。

そして、璃茉の頭の中に見たことも聞いたことも無い『記憶』が走馬灯の様に走る。

その瞬間、頭が割れるように痛み、背中もズキズキとし出した。


「いた…っ!」

「璃茉!?」


うずくまる璃茉に玄武は慌てて背中を撫でる。

しかし、朱雀にそれを止められる。


「朱雀!?」

「…我ら主の『継承』の瞬間だ…。」


邪魔をしてはいけない。

朱雀の言葉に、玄武は不安そうに見ているしかなかった。


「はぁっ…!!」


うずくまっていた璃茉はいきなり仰け反ると、背中から純白の翼を出した。

はぁはぁと息が荒い璃茉に、近くにいた4人は璃茉から離れて跪いて頭を下げる。


「…我らが主、璃茉様…。」

「…え?」

「今、『翼人』の継承は終わりました。」


呆然と座っている璃茉に、玄武は立ち上がり傍による。

そしていつもと変わらない笑顔を見せた。


「大丈夫です、璃茉様。」

「玄武…。」

「我らは『前翼人』春嵐様から永遠に解除出来ない『命令』を頂いています。」

「『命令』?」


首をかしげる璃茉に、今度は青龍が声をかける。


「我ら『四聖獣』は、春嵐様に何があっても璃茉様の『家族』でいること。」

「母様が?」

「はい。だから、『翼人』であっても我らは璃茉様には家族として接します。」

「…それがいい。ありがとう。」


泣きそうな璃茉に、玄武は泣きながら抱きつく。


「璃茉様!」

「玄武…様はいらないよ?それに泣かないで?」

「…はいっ!」

「でもなんで、母様が居るのに『継承』したのかな?」

「…それは…。」


朱雀が話そうとした時、外から声がかかる。


「いるんだろう!!出てこい!!」


その声に青龍と白虎はわざとらしく肩をすくめる。


「…忘れてましたね。」

「本当。忘れてたや。」


ふぅ…とため息をつく朱雀は、2人に声をかける。


「さて、どのくらいで動き出す?」

「そうですね…。今すぐ…と言いたいところですが、必要最低限のモノを持たないといけないでしょうから…。」

「…半時でいけるか?」

「そうですね。」

「じゃあ、俺は外を見張るから先にやってくれ。」


白虎はそういうと、再び窓へ歩き出した。

それを見送り、青龍と朱雀は璃茉と玄武の元へ近寄る。

それに気付いた璃茉は、先程まで笑顔を見せていたが緊張した表情へと変わった。


「璃茉、今から私達はココを抜けます。」

「何処かへ逃げるって事?」

「はい。結界が消えた今、この森に居ては危ないと思います。」


青龍の言葉に、璃茉は俯いてしまった。

住み慣れた森を離れるのは、正直言って反対だった。

しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。

外には沢山の兵士。

それらから、なんとしてでも逃げないといけない。

璃茉は顔を上げると、青龍と朱雀、玄武の顔を見た。


「絶対、璃茉を守ります。」

「…怪我しないでね?」

「大丈夫です。」

「…死んじゃ駄目だよ?」

「大丈夫ですってば。」

「なら、この森から逃げよう。」


璃茉の言葉に、三人は頷いた。

その後、青龍は白虎の元へ向かい、朱雀は玄武の隣に立つ璃茉を見た。

未だ不安そうにしている璃茉の頭を、優しく撫でながら微笑む。


「璃茉は、必要最低限で持っていくものを集めてください。」

「うん、分かった。」


朱雀に言われ璃茉は頷くと、自分の部屋へ向かった。


璃茉を見送った朱雀は、玄武に頷く。

玄武も頷くと、いきなり玄武の右手が光った。

それを合図に、青龍・白虎・朱雀の右手も光りだす。

暫く右手が光っていると、玄武の右手に弓矢が現れた。

少し遅れて青龍の右手には槍、白虎の手には大剣、朱雀の手には細剣が現れた。


「…久しぶりですね…武器出すのも。」

「春嵐様が張った結界のお陰だったし。」

「…今は亡き春嵐様の忘れ形見、璃茉様を守るためです。」

「そうですね。」


其々の武器を持ち、四人は顔を見合わせて頷いた。

そして、家の外へ向かう為、歩き出した。

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