第2話 森での生活
「小璃(りーちゃん)、薪割り終わったぜ?」
「はーい。」
外から聞こえる声に少女は返事をすると、持っていた布を机に置いて慌てて外へ向かった。
少女の名前は「紅 璃茉(こう りーむぉ)」。
蘇芳(すほう)より北の方にある森の奥に、母親と兄2人姉2人の6人で暮らしている。
あまり人と接する事が嫌いな母親が、静かに暮らせる場所としてこの場所を選んだのだ。
生活が大変そうな場所でも、家族で一緒に暮らせるのが璃茉は幸せだった。
璃茉の父親は、彼女が小さい時に亡くなったと母親から聞いている。
父親という存在を感じられない事は悲しい事だが、その代わり兄2人が父親の代わりとして接してくれていた。
外に出た璃茉は、目の前で汗を拭いている白髪の少年の傍に駆け寄る。
「白虎、お疲れ様。」
「おー、結構割ったから暫くは安心だぞ?」
璃茉が声をかけると、白虎と呼ばれた少年は振り返って笑顔を見せた。
彼の横には、山となっている薪があった。
璃茉は、その山を唖然として見つめる。
「本当だ。…でも、必要のない分まで割ったら青龍が怒るんじゃない?」
「大丈夫だろう。」
ケラケラ笑う白虎に、璃茉は呆れた表情を見せる。
白虎は璃茉にとって2番目の兄になる。
しかし、璃茉は白虎のことを「兄」と呼んだ事はなかった。
それは、白虎が「兄」と呼ぶなと言ったからである。
他にも、1番上の兄である青龍、姉の朱雀、2番目の姉、玄武がいた。
その3人も、「兄」や「姉」を付けずに名前だけで呼んでいた。
「そろそろ母様帰ってくるよね?」
「あー、春嵐母さんか。…そうだな、蘇芳に行ってるからな。」
家に戻りながら、用事で出かけた母の事を話す。
璃茉の母・春嵐は、見た目は少女のような姿だが5人の子供を持つ母親だ。
家事や農作業など、彼女に出来ない事はなく、璃茉は凄く尊敬していた。
そんな母親の帰りの時を白虎は、うーんとうなりながらも答えてくれた。
「今日はどんなものを買ってきてくれるんだろ。」
椅子に座った白虎に、璃茉はお茶を出しながら嬉しそうに話す。
白虎は、一口お茶を飲むとため息を付いた。
「おいおい…春嵐母さんは、野菜とかを買いにいったんだぜ?」
「分かってるって。」
璃茉は自分の分のお茶を持って白虎の前に座ると、頬を膨らませた。
そんな璃茉の表情を見て、白虎は苦笑いした。
「でも、いつになったら母様はあたしを蘇芳へ連れていってくれるんだろう…。」
一口お茶を飲んで、ふぅ…とため息をつく。
璃茉の様子に、白虎は首を傾げた。
「そんなに蘇芳へ行きたいのか?」
「当たり前だよ。あたし、森から一度も出た事ないし…。」
「…別に行かなくてもいいんじゃね?」
「なんで?」
腕を上げて背伸びをする白虎に、今度は璃茉が首を傾げた。
白虎は、先程の璃茉と同じように小さく息をつくと、璃茉を見た。
「…実はな?蘇芳には危険がいっぱいなんだ。」
「きっ…危険っ!?」
顔を真っ青にしてテーブルに身を乗り出してくる璃茉に、白虎は心の中で笑いと焦りを見せていた。
璃茉は危険がないとは言えないが、そうも言わないと璃茉が勝手に森を飛び出しかねない。
そんな自分の心を表に出さない様にして、白虎もテーブルに身を乗り出して小声で話し出した。
「春嵐母さんは武術の心得があるけど、璃茉はまだ中級だろ?上級並みの武術の心得がないと行けねぇんだよ。」
「そっ…そんなに!?」
「そう、だから小璃(りーちゃん)はまだ無理って事。春嵐母さんも自分の身を守るのが精一杯だからな。」
白虎の言葉に、璃茉は先程以上に顔を青くして俯いた。
そんな璃茉の様子に、白虎はやりすぎたかな?と顔を覗く。
すると、ガバッと音がするぐらい勢いよく璃茉が顔を上げた。
「うぉっ!?」
「決めたっ!!白虎!!今すぐあたしに武術教えて!!」
「はぁっ!?」
璃茉の唐突な発言に、白虎は目を見開いて目の前にいる少女を見た。
少女の目は決意を持っていて、これはもう何を言っても無駄だな…と、白虎は肩を落とした。
…あんな悪戯、しなきゃ良かった…。
いきなり落胆した表情を見せた白虎に、璃茉は首を傾げる。
「白虎?」
「…あーっもうっ!!やめだやめっ!!」
いきなり大声を出したと思ったら、白虎は今まで座っていた椅子にドカッと座った。
そんな白虎の行動を、璃茉は不思議そうに見ていた。
璃茉が白虎に声をかけようとしたのと同時に、家の扉が開いた。
「ただいま。」
聞きなれた声が聞こえ、璃茉と白虎は扉の方を見た。
そこには、青い髪の男性と赤い髪の女性、そして黄色の髪の少女が立っていた。
「あ、おかえり。青龍、朱雀。それに、玄武。」
嘩燐は3人の姿を見ると、嬉しそうに近寄っていく。
青龍と呼ばれた青い髪の青年は、元から細い目をもっと細くして微笑む。
「ただいま、璃茉。良い子にしてましか?」
「うん。白虎とちゃんと留守番してたよ?」
頭を優しく撫でられながら、璃茉は彼等が居なかった時の事を青龍に話した。
青龍は、一所懸命話してくれる璃茉の話を相槌を打ちながら聞いていた。
「ちゃんと白虎も薪割りしてくれたよ。」
「…そうですか。…しかし、普段より多かった様な気がしますけど?」
青龍はそう言うと、ジロッと白虎の方を見た。
白虎はビクッと身体を振るわせる。
まるで、蛇に睨まれた蛙状態である。
「そっ…それは気のせいでは?」
冷や汗を流しながら答える白虎に、青龍はため息をついた。
「…まぁ、割ってしまったものは仕方がないですね。」
「そっ…そうか!?よかった…。」
青龍の言葉に安心したのか、白虎は胸を押さえて深呼吸をした。
しかし次の瞬間、いきなり白虎の肩をポンッ青龍が叩いてきた。
白虎が顔を上げると、目の前には笑顔の青龍…。
白虎の身体が固まる。
「…白虎?」
「はっ…はいっ!?」
「…璃茉に意地悪、していませんよね?」
普段笑わない青龍が、ニコニコしながら聞いてくる。
白虎は怖くなり、首を横に力強く振る。
「し…してない!!してない!!」
そんな白虎の行動に、青龍は再びニッコリ笑った。
「そう、良かった。じゃあ、誰でしょうね…。」
「…へ?」
「璃茉に、蘇芳は武術が出来ないと行けない…なんて嘘を言ったのは…。」
「ぁ…ぁぅ…。」
「ねぇ、白虎?」
「…。」
肩に置かれている青龍の手にいきなり力が加わり、白虎は顔をしかめた。
そうだ…璃茉は青龍に全て報告してたんだ…
。
駄目だ…完璧にバレている…。
白虎は心の中で大泣きした。
うなだれる白虎に、青龍はまだニコニコしている。
「じゃあ、白虎。ちょっと私の部屋に来てくれますか?」
「…はい…。」
青龍は白虎の襟首を掴むと、そのまま自室へ戻っていった。
そんな二人の様子を、朱雀は呆れて見ていた。
その傍で、璃茉と玄武が首を傾げていた。
「ねぇ、玄武。青龍と白虎、どうしたのかな?」
「さぁ…?」
「どうして青龍は白虎を部屋に連れていったの?」
「どうしてでしょう?」
不思議そうに首を傾げる妹二人に、朱雀はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
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