21話
結局、また帰れなかった。ずるずると、くよくよと考えてしまって、たった一歩すら踏み出すことができない。立ち上がったその場でまた座り込んでしまっていた。
考えては思考停止、決意しては引き返す。さっきからこの繰り返しである。これではまるで壊れたロボットではないか。ロボットはもう食傷なのでやめていただきたい。
結局トロルとは何だったのだろうか。ずっと気がかりではあった。この世界で見られるものは大体が馴染みのないものばかり。見覚えがあってもずっと昔の時代を彷彿とさせるものばかりだった。その中にあってただ一つだけ、時代を間違えたように存在する人型ロボット。
ロボットに見えるだけで本当は全然違うものかもしれない。しかしもしロボットと同じような仕組みでできていたとしたら、どうだろうか。今まで見てきた行動の中から何か分かることが無いだろうか。
いや、無い。俺がロボットについての知識など持ち合わせているはずがない。せいぜい聞きかじったうろ覚えの雑学やらフィクションであるゲームの……
そこである閃きがよぎった。ロボットにしか見えない姿。地上と地下、それと丘から見た時の動き。そして灯台。それらがだんだんと繋がっていくように感じた。
いや、いやいや。こんなのはただの妄想。良くて憶測だ。何の確証も無い。それに俺が思いつくようなことならヴァンたちがとっくに気づいているはず。
……気づけるのだろうか? ロボットなんて概念そのものがない彼らに。大丈夫だ。そんなこと知らずとも、偶然何かの拍子で気づく可能性は十分にあるはず。その偶然はいつ起きる? せめて、確かめるだけでも。だけど、それは。
まだ寺院の中で作業をしているヴァンの所へ向かうため、今一度立ち上がる。しかしそれを無駄に重ねてきた年月で凝り固まった性根が阻もうとする。
ただ少しだけ、考えを伝えるだけ。命を懸けるわけでも、前に出て戦うわけでもないのだ。そんなことすらできないのか。自分が、想像をはるかに超える不甲斐ない人間であると思い知る。いま屈することで、これはさらに肥大化することだろう。
やらない理由ならいくらでも湧いて出てくる。それに比べてやる理由は、乾いたぞうきんを絞っても水滴一つ出てこないのと同じくらいカラカラだ。なんにもない。
しかしそんな一滴も無かった理由の桶に、一番最近、つい先ほど聞いた言葉が浮かんでいた。
仲間を助けただけだ。
仲間? 仲間だって? 俺が?
仲間。俺は……
*
魔導士たちは運び出した物資をまとめ終え、ちょうど寺院を出ていくところだった。あと少し遅かったらもう立ち去った後だっただろう。
外に出ようとするヴァンを慌てて呼び止めた。
「ヴァン…!」
「お前、まだいたのか」
振り返ったヴァンは戸惑っている様子だった。まさか送り返したはずの男がまだうじうじ悩んでいたとは思うまい。
いざ目の前に立つとやはりやめておこうかなどとどうしても考えてしまう。だから気持ちが引っ込んでしまう前に、早く言ってしまおう。
「最後に一つだけ教えてくれ。灯台って、壊したことあるか?」
「灯台を、なんだと?」
一瞬ヴァンは眉をひそめて訊き返した。周りの魔導士たちも顔をしかめたように見えたが、ここに来るだけで精神を摩耗させていた俺は構わず続けた。
「だから、灯台だよ。トロルが細工した灯台を壊したことがあるかどうか知りたい」
もう一度言ったことで聞き間違いではないと判断したヴァンは、呆れたようにため息をついた。そんなことを訊くために戻って来たのかと心の声が聞こえてきそうだ。
「トロルが出ようと出まいと、先祖の眠る灯台を破壊するわけがない」
明かりを灯すのが目的ではなく、墓だったのか。どおりで街中にいくつも建っているわけだ。
それなら今まで手を出さなかったことも納得がいくし、これからも手を出すことは無さそうだ。やはりここで言っておくしかない。
「じゃあ、今から壊してくれないか」
*
ヴァンに灯台を破壊するよう進言した結果、俺はすぐそばの部屋へ強引に連れて引き込まれていた。
思っていたよりずっとまずいことを言ってしまったかもしれない。ヴァンは厳しい顔で俺を睨みつけている。まるで最初に会ったときに向けられた目だ。つまり、とても怖い。
部屋に入る前に見た魔導士たちの表情もおおむね否定的な感情をあらわにしていたし、俺が言ったかどうかというよりも単純によくないことを言ってしまったようだ。たしかに墓を壊せと他所から来た馬鹿野郎に言われれば誰だって気分を害すのは当然と言えば当然である。
「おい、どういうつもりだ。場合によっては…」
「待ってくれ。落ち着いて話を聞いてくれ。俺だって怒らせたくてあんなこと言ったわけじゃないんだ」
コツコツと積み上げてきた信用が大暴落していくのを感じるが、今更後には引けない。
「…言ってみろ」
「結論から言うと、灯台についてる装置を壊せばトロルは動かなくなる…かもしれない」
事ここに至っては知っている情報を伏せながら説明などできない。俺は自分が考えていたことを子細に説明した。
要するにトロルがロボットだと考えた時、それがどのように動いているかという話だ。今までは自然に人間と同じように個々が自律して動いていると思い込んでいた。しかし地下で遭遇した時だけ、トロルの動きがやけに鈍い、もっと言えばラグい、と思ったのだ。
そこでもしかすると、これは遠隔操作されている端末なのではないかと考えた。
オンラインゲームで通信環境の悪いプレイヤーが不自然な動きをするように、ロボットも遠隔操作するタイプなら通信環境によって動作に支障を来すはずだ。通信環境が悪くなる場所といえば、遮蔽物の多い場所や地下、そしてそもそも電波の届かない場所。丘から見えたおかしな行動は、電波が届かない距離だったからではないか。
そして、もしこの考えが正しいなら電波塔とか基地局とか、そういった通信を受ける場所があるはずだ。それが、
「だから、灯台を壊せということか」
ヴァンがすべてを理解できたとは思えない。そもそもそれがどんなものか知らない相手にわかるように説明できるほど俺の口は達者ではない。しかし俺のいた世界ではそういう技術があって、そういうことができるということは伝わったはずだ。そのうえでどうするかは、ヴァン次第である。
「全然見当違いなことを言っているかもしれないけど、俺にはそうとしか思えないんだ」
ヴァンは少しの間考えてから、頷いた。
「分かった。やってみよう」
その顔は未だに真剣ではあるものの、その中に俺へ向けられていた悪感情は無くなっていた。
早速取り掛かるため部屋を出るヴァンを、安堵しながら見送っていると、ヴァンが足を止めて振り返った。
「何をしてる。行くぞ」
「え?」
「責任をとれとは言わない。だが、どうなるか見届けろ」
言い出した手前、断ることなできるはずもない。俺は素直に付き従った。
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