18話
当てもなく、することも無く、さりとて落ち着くこともできず、一人でぶらぶらとしていた。いつもならこのくらいの時間はロカと食糧集めに繰り出しているところだ。しかし街に入ることなどできるはずもないので必然的にそれは無くなった。近くに森でもあれば何か食べられるものがあるのではないかと思ったが、見渡す限りの平原だ。川すら一つも見えない。これでは採取できる物は足元に生える雑草くらいしかないだろう。
反対側を見ると、もう誰も済んでいないであろう街が見えた。昨日まではあそこでみんな暮らしていたのだ。そこに今は不気味なロボットが住んでいる。ここからでも大柄な姿がぽつりぽつりとうろついているのが見えた。もし近づいてきたらすぐに知らせるために見張りが立っているが、トロルは街から出てくることは無さそうだ。
出てくるかと思えば踵を返し、また出てくるかと思えばぎこちなく動いてまた戻る。バグるならそのまま完全に壊れてしまえと念じてみるが、やがてトロルは諦めたのか、街の中に消えていった。俺も諦めて戻ることにした。
改めてこの丘に集まった人の顔ぶれを見ると、本当に老人や怪我人が多い。確かに彼らがあんな果てしなく続いていそうな平原を超えるのは難しそうだ。
そんな風に思いながら院長たちの所へ戻るため座り込む人たちの間を縫って歩いていると、どこからか言い合いをする声が聞こえてきた。このような状況で不満の一つや二つや三つや四つ出てくるものだと聞き流そうとしたが、その中にはヴァンの声も混じっていた。
思い直して声の方へ近づくと、ヴァンと老師たちが向き合っていた。
「予定は狂ったが、やはりこのまま西に向かうしかなかろうて」
「何の用意もなくたどり着けるわけが無い! それができないから今まで留まっていたんだろう」
「ではどうするというのだ」
「何度も言っている。戦って街を取り戻すんだ」
老師たちはもう街を諦めて去るつもりらしい。それに対してヴァンは闘うと言って対立していた。しかし老師たちの反応は冷めたものだ。期待など全くしていないのが傍目にもありありと伝わってくる。
「ヴァンよ、時間は十分にあったはずだ。お前たちはよくやった。しかし結果はこれだ。魔導士が負けずとも、我々の負けだよ」
「それでも、もう一度だけ。それで必ず…」
「もうそんな悠長なことを言っている余裕はない。状況を見ろ、物資も体力も無いのだ。今こうしている時間すら惜しい」
「もう一度、か。それにどのくらい勝算がある? 勝てる見込みがあるならどうやって勝つというのか説明してもらおう」
「それは…」
寄ってたかってヴァンの意見を突っぱねているように見えなくもないが、正直言って俺も老師たちの言い分に賛成だった。トロルが脅威にならないヴァンたち魔導士がどう感じているのかわからないが、何の力もない側からしてみれば逃げられるならさっさと逃げてしまいたい。それにヴァンの力を疑ってなどいないが、数の差でどうにもならないことがあるのは本人も認めていたことだ。数人しかいない魔導士だけで街に蔓延るトロルどもを一掃できるとは、到底思えなかった。
ついに言いよどんだヴァンは答えることができず、歯を食いしばった。
「決まりだな。お前たちは街に入って可能な限りの物資を持ち出せ。明日には出発する」
その言葉が止めとなり、ヴァンは老師たちの前から立ち去って行く。しかし途中で俺に気づいたヴァンは足を止めた。
「お前か…後で迎えに行く。それまでに院長たちとの別れを済ませておけ」
「え? なんだよいきなり」
予想だにしていなかった言葉が理解できず疑問が浮かんだ。別れ、とヴァンは言ったのだ。
「お前を元居た世界に帰してやる」
「…」
それだけ告げてヴァンは去っていった。いきなり許可された帰還。あまりにいきなりすぎて喜ぶどころか何か反応することすらできなかった。
帰れる? この後、すぐ?
*
頭の整理がつかないまま、いつの間にか院長たちの所へ戻ってきていた。
別れというのはこんなものだっただろうか。こんな唐突に、何の区切りでもないタイミングで、彼らがこれからどうなるか知ることのないまま、俺だけ去っていく。なにかすっきりしない、もやもやしたものを感じる。しかしゆっくり考えている時間も無いだろう。ヴァンがいつ迎えに来るかわからないのだ。今はとにかくみんなと話しておこう。
子供たちがちょろちょろと駆け回り、奥さんは何やら忙しそうにしている。そんな風によそ見して歩いていたせいでロカとぶつかってしまった。
「わっ、ユウ? ちゃんと前見て歩いてよ」
「ああ、悪い」
おそらく奥さんの手伝いをしているであろうロカが俺の様子を見て頭に疑問符を浮かべながら通り過ぎていく。
別れって、どうすればいいのだろうか。自分の人生における別れの経験を振り返ってみた。学校の卒業式は、中高ともにぼーっとしていたらいつの間にか終わっていた。何かあいさつのようなものをしただろうか。したような気もするが何の感慨も無く前にいたクラスメイトと同じような一言を無難に言ったような気がする。大学は、いつの間にかいかなくなってそのまま。家を出た時はどうだっただろうか。ちょっと旅行にでも出かけてくるような気分だったかもしれない。彼女との別れは…おかしい、何も思い出せない。別れた記憶どころか付き合った記憶さえ見当たらない。
毛布の上で眠る院長の傍に座り込み、どうしたものかと考えていると、院長の瞼がゆっくりと開いた。
「院長!」
「ユウくんか。無事だったんだね」
「はい。ロカも、あそこに」
奥さんと話をしているロカを指さすと、院長はそれを見て小さく微笑んだ。
「二人とも無事か。どうやら私が一番無事ではなさそうだね」
院長は冗談めかして笑っているが、シャレになっていない。合わせて笑ったつもりが苦笑いになるのも致し方ないだろう。しかし冗談を言う余裕があるので一応、大丈夫そうではあった。
院長が目を覚ましたことをすぐに奥さんたちに知らせるべきだとは思ったが、その前に少しだけ時間を貰うことにした。院長は俺が何か言おうとしていることを察したのか、静かにこちらを見ている。
「俺、これから帰れるみたいです」
「そうか、よかったね」
院長はもともと知っていただろうから、その反応はただ俺を称えるものだった。それどころか立場を考えれば決定したのは院長である可能性も高い。院長からすれば何も驚く要素は無いだろう。しかしだからと言って何も言わないわけにはいかない。
「お世話になりました。院長がいなかったら、どうなっていたか。本当に、その」
「いいんだよ。君を見ているとまるで子供たちを見ている気分になってね。放っておけなかったんだ」
「それはどういう…いや、とにかくありがとうございました」
院長と話をした後、奥さんたちに院長が目を覚ましたことを伝えて一度その場を離れた。ロカたちとは後で話したほうがよさそうだ。
他に話をしておきたい相手を考えたがあまり思いつかない。戻ってロカたちを待っていようかと思ったが、一人、思いついたので探すことにした。一応あいつとも一言ぐらい話しておこう。
「お前らいつも一緒にいるな」
「なんだよ、悪いか?」
おちょくってやるつもりで言ったのに、何を当然のことをと言わんばかりに返されては何も言えない。ガキのくせに本当に生意気な奴だ。
ヘルマはいつも通りパールと一緒にいた。仲良く二人の時間を過ごしているところ悪いが、少しだけヘルマと話をさせてもらおう。
「で、なんか用?」
「ちょっとな。お前にはなんだかんだ助けてもらったから、礼を言っときたくて」
俺の殊勝な態度に対してヘルマは失礼にも怪訝な目を向けた。相変わらずガキのくせに偉そうだが、そんなガキに何度も守られている俺は何だということになりかねないのでこのやるせなさはそっとしまっておこう。
「なんだよそれ。まあ、手下を守ってやるのもボスの役目だからな! これからも守ってやるから感謝しろよ」
「おう。と言いたいところだが、今日でお別れだ」
「はあ? 何言ってんだよ」
「詳しいことは後でヴァンにでも聞いてくれ。じゃあな」
これからも、と言われてヘルマは俺のことを特に何も知らないことに今更気づいたが、詳しく説明する時間も無ければ知識もないのでその辺りはヴァンに丸投げしておこう。
そろそろ、ロカたちの所に戻ろう。
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