10話
一家に一台、人型ロボット。こんなフレーズを聞いたことはあるだろうか。ロボットによる自動化の波は留まることを知らず、近年では何でもかんでも自動化、自動化。果ては汎用業務の為の人型ロボットまで開発され、一般にも流通し始めている。そんな話だ。
既に完成されていた俺の自室における生活とは全く縁のない存在である。掃除、炊事、洗濯。家事全般を何でもこなせる人型ロボットがなんだというのだ。飯は出来合いを買えばいい、服は溜め込んでコインランドリーにまとめて放り込む。掃除に至ってはしなくても困らない。興味は一切わかなかった。
しかし偶然ニュースサイトで見かけた記事に掲載されていたロボットの写真を見たことはあった。それは頭が落ち窪んで胴体と一緒になったような人型だった。確か理由は、シルエットが人と同じで紛らわしいというクレームにより、人間との差別化を図るためだとかなんとか。
とにかくその頭のないロボットと、トロルは、よく似ていた。
ロボットと言ってもフィクションで見るような格好いいデザインではない、何とも言えないのっぺりとしたダサさ。薄汚れたフレームの奥に不気味に光る目のようなセンサー。耳障りな軋みを上げながら猛スピードで迫り、三本の指が全く予備動作のない動きで一瞬のうちにこちらの首をーー
「大丈夫かい?」
その言葉と同時に、肩に置かれた手に驚いて弾かれたように顔を上げると、フォルフのまるまるとして人のよさそうな脂ぎった顔があった。
「あっ、すみません、俺」
「仕方ないよ。危うく攫われるところだったんだ。落ち着くまでもう少し休んでいるといい」
そう言い残してフォルフは今度は別の俯く住民たちに声をかけていく。ああいう人が、本当に良い人というものなのだろう。こんな状況で誰かのために何かを行う殊勝な精神など、俺は持ち合わせていない。いつだってわが身大事なのだ。
地下水路は助け出されてきた住民たちが所狭しと座り込んでいた。ヴァンが最後のトロルを倒したことで落ち着きを取り戻し、今は地下水路で休んでいるところだ。皆ひどい表情をしている。きっと俺も同じ顔をしていることだろう。
そろそろ移動を始めるのか、魔導士たちが立ち上がり始めた。その中にいたヴァンがこちらに歩いてきた。あのとき助けてもらった恩もある。礼の一つも言っておいた方がいいだろう。
「試しに一匹泳がせてみたが、これ以上お前を警戒する必要はなさそうだ」
しかし俺が何か言うより早くヴァンから出てきたのは、そんなどこか吐き捨てるような言葉だった。
俺を警戒する必要がなくなった? 確かにあれほどの無様を目の前でさらせば俺がとるに足らない存在であることなどすぐに分かるだろう。しかし、泳がせたとは何なのだ。まさか。
「わざと、俺を…襲わせた?」
今にも枯れそうな声でそれだけ絞り出すと、ヴァンは鼻を鳴らした。
「泳がせただけだ。勝手に近づいて襲われておいて逆恨みか?」
心外だと言わんばかりの顔をされて、ふつふつと怒りが込み上げてきた。怒鳴り散らしてやる勢いで声を上げたものの、普段大声を出し慣れていない喉からは聞くに堪えない掠れ声があふれた。
「泳がせただけって、もしそれで何かあったらどうするつもりだったんだよ! お前ら人を守るのが仕事なんだろ!」
「魔導士は仲間を守る。お前は仲間じゃない」
俺の人生最大の怒りを歯牙にもかけず受け流したヴァンは、俺を指さして淡々と続けた。
「あのまま見捨てても良かったが院長との約束がある。だから助けた。感謝しろ」
感謝、できるわけがないだろう。平然とこんなことを言ってくる奴に身をゆだねることに、俺は戦々恐々だった。
*
今更ながら、地下水路を通ることの安心感をしみじみと実感していた。
地上をあのような不気味なロボットが徘徊しているのなら地下を使うのも大いに頷ける。魔導士たちも地下にいる間はそれほど気を張り詰めていないので、やはり地下は安全なのだろう。
たとえヴァンや魔導士たちが俺のことをどう思っていたとしても、襲ってくる敵がいないのなら安心できる。それにヴァンは院長との約束があるとも言っていたので直接何かしてくることも無いと思いたい。
「ここまできたら、もう大丈夫なんですよね」
「だと、いいんだけどね。この先は橋を渡るために一度地上に出るから、きっとそれで遅れているんだよ」
地下水路の行列は少し前から完全にその動きを止めていた。後方に位置するここからでは前の様子は伺い知れない。
また地上に出なくてはいけないのか。だんだんとそんな風に思い始めていた。よく考えてみれば狭い、暗い、汚いというのは俺の自室そっくりではないか。住めば都というが、この地下水路もなかなかどうして悪くない。地上は恐ろしいところなので、いつまでも引きこもっていたいものだ。
「おい、ユウ。おいって」
喧噪というほどでもないにせよ、今この地下水路は住民たちが近くの相手と話す声が何重にも重なり、さらには響くせいで様々な雑音が聞こえてくる。その中にあって小さなその呼び声が聞こえたのは、やはり自分の名前だからだろうか。
この水路は脇道がそこら中に枝分かれして張り巡らされている。その中の一つに、見覚えのある少年の姿を見つけた。
「フォルフさん、俺ちょっと」
「うん、小便かい? あんまり離れたらだめだよ」
ちょいちょいと見える手招きに導かれるままその脇道に入って顔を良く確かめると、やはりヘルマだった。
「お前、どうしてここに」
「だって、俺も戦えると思って」
相変わらず生意気なことを言うが、その表情はすぐれなかった。こんなところまで一人でついてくれば心細くてもおかしくはない。よく無事だったものだ。知っている顔を見つけてたまらず声をかけたのだろう。
「お前の兄貴ならもっと前に」
「ダメだ! 兄ちゃんには黙ってて」
ヘルマは怒られるのが怖いのか、俺が言い終わる前に慌ててまくしたてた。この様子だとヴァンがここを通りかかった時も隠れていたのかもしれない。俺としてもあのいけ好かない野郎の顔など拝みたくはないので、会いたくないというなら構わない。
ヘルマと話しているうちに列は前に進んでいたようだ。最後尾にいるフォルフに声をかけて列に戻った。
「遅いから心配したよ、うん? そこの子は確か」
「こいつこっそりついてきてたらしくて、内緒にしてやってください」
フォルフから身を隠す様に俺の後ろについてくるヘルマだったが、最初からバレている。無駄なことはやめるのだ。
*
ハシゴを上り地上に出ると、相も変らぬ廃墟が並んでいた。川を挟んで向こう側には綺麗なゴーストタウンが見える。
前を歩く住民たちが橋を渡っていく。魔導士たちは何かあればすぐに動けるよう、周囲の警戒をしていた。
ここを乗り切れば後は再びの地下水路からロカや院長たちのいる安全な区域まで地上に出ることは無い。焦る気持ちを抑えて列を乱さぬよう、落ち着いて橋を渡る。
横を歩くヘルマも落ち着かないのか、きょろきょろと視線を動かしていた。こいつの場合はヴァンに見つからないか気が気ではないのかもしれない。
「そんな気にしなくてもお前の兄貴は先頭にいるから大丈夫だろ」
「わかってるよ!」
「二人とも、あんまり大きな声をだしちゃだめだよ」
「「はい」」
大声を出したのはヘルマだ。俺ではない。しかしいつも人の良さげな顔をしているフォルフに眉をひそめられては、そんな弁解をする気は起きなかった。それに周りを警戒している魔導士たちからもなにやらピリピリした雰囲気を感じる。
「移動が遅れたのは、アレのせいかな」
真剣な表情でどこかを見つめているフォルフの視線を追うと、橋の向こう側に大きな灯台がそびえたってるのが見えた。俺たちが帰るべき方向だ。灯台の上部には縄張りを示す様にしっかりとガラクタのようなものが備え付けられている。
「少し距離があるけど、この半日の間にやったんだろうね。まだ近くに群れがいるかもしれない」
フォルフの不吉な言葉に肩を震わせる。
あの不気味なロボットもどき、トロルの縄張りを示すガラクタをかぶった灯台。ここからは見えないその根元にひしめくトロルの姿を想像してしまった。怖がらせるようなことを言わないでもらいたいものだ。
俺はつぶさに周囲を確認しながら橋を渡ることにした。
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