5話

 数日経ったある日。俺とロカはヘルマたち3人組に行く手を阻まれていた。

 いつものように食料集めを終えて戻ってきた俺たちを帰り道の広場で待ち構える様にして立ちはだかっていたのである。ヘルマは切れ長の釣り目を細めて偉そうにニヤついている。全くもって生意気なクソガキである。後ろに控える二人は嫌々ついてきたのか面倒くさそうにしていた。 いったい何用だろうか。この後も掃除やら洗濯やらやることは山ほど控えているのだからクソガキの相手をしている暇はないのだが。

「おいロカ! お前そいつを手下にしてから調子にのってるだろ」

「ヘルマ、ユウは手下じゃないよ…」

 なんともしょうもない言いがかりによる因縁だった。それにしてもこの俺を指して手下だというのは看過できない。俺は今までもこれからも誰かの下に甘んじるつもりなど毛頭ない。言うなればその生き様はまさに孤高の一匹狼だと自負している。

 前言の撤回を求めるべくロカに続いて口を開くが、ヘルマの威圧的な態度に出鼻をくじかれるようにかき消された。

「お前俺に口答えするつもりか! やっぱり調子にのってやがる」

「そんなぁ…」

 思えば最初にロカと運命の出会いを果たした時もこの3人に苛められていた。ロカはヘルマに強く出られないのか、俯きがちで二の句が継げないでいる。

 やはりここは俺の出番だろう。いたいけな天使であるロカをいじめる奴らはいかに子供であろうと容赦はしない。断じて許さん。

 子供が大人に敵わないという世の常を、四半世紀にわたり何不自由なく成長してきたこの穢れなき鉄拳でわからせてやろう。

「勝負だロカ! お前が負けたらそいつは今日から俺の手下だからな!」

「えぇ、やだよ…」

「なんだ負けるのが怖いのか? まあそうだろうな。どうせまた俺の勝ちだからな」

 そう言ってヘルマは笑いながらしきりに振り返っては後ろにいる二人のうちの片方、女の子の反応をチラチラ伺っている。何度見たところで後ろの二人は終始つまらなそうにしているぞ。

 どうやらヘルマは女の子にいいところでも見せたいらしい。ガキのくせに色めきやがって。何より貴様の一方通行な恋路にロカを利用するなど言語道断だ。

「ほら、こっちだ」

 ヘルマはロカの意見など聞くつもりはないらしく、ずかずかと広場の中央に向かった。ロカも諦めたように後ろについていく。どうやら広場の中央で勝負、もとい喧嘩を始めようということらしい。

 満を持して俺は切り出した。

「ちょっと待ってもらおうか」

「邪魔すんなよ」

 せいぜい今はその生意気な顔を楽しげにゆがめているがいい。すぐに泣きっ面に変えて進ぜよう。

「俺を倒せない奴に俺を手下にする資格はない。どうしてもというならロカの前に俺を倒していくんだな!」


*


 時に俺は人生において一度として人を殴った経験などない。もちろん殴られたこともない、まさに平和を体現したような人生だ。

 しかし今日、ついに交わした覚えのない平和条約を破棄する時が来た。この拳を地に染めることもいとわない。わが天使、ロカの笑顔を守るためなら。

 俺の後ろでは心配そうな表情を浮かべるロカが見える。何も心配することは無い。相手は赤子に毛が生えたような子供。この勝負はまさしく赤子の手をひねる様なものである。すぐにでも憂うロカに安心を、そして高慢なヘルマには絶望を与えよう。

 とはいえ子供相手にこちらから掴みかかるの言うのも外聞がよくない。まずは向こうの出方を伺うとしよう。

「どこからでもかかってきていいぞ」

「まあいいや、でかいやつ倒した方がかっこいいもんな」

 猪突猛進に突っ込んでくるかと思い身構えて見たものの、ヘルマは意外にもすぐにはその場を動かなかった。むしろ余裕そのものと言った自然体に見える。これにどういう意図があるのか経験の乏しい俺にはわからない。とはいえ彼我の距離は10メートルほどは離れているので、今から気を張る必要はない。

 想像と違った始まりに少々拍子抜けを感じ出した時、ついにヘルマが動きを見せた。

 しかし、やはりというかヘルマの動きは小さいものだった。手をこちらとの間に壁を作るように前にかざした。ただそれだけだ。それだけのはずなのに、どうにも様子がおかしい。

 余裕の笑みを崩さずヘルマは言った。

「そんなぼーっと突っ立ってたら怪我するぞ」

「そんなこと言われなくてもわかって…」

「あっそ」

 当然このままでいるつもりはない。ヘルマが動かないから俺もすることがないだけなのだ。ヘルマが動き出せばすぐさま臨戦態勢になる準備はできている。そう思って返事をしたつもりだったが、言い終わる前に違和感の正体に気づいた。

 ヘルマのかざした手の辺りに何かがあった。

 薄らいでいて形は判然としない。普通であれば目の錯覚かと見まごうそれが、今は確かな存在感を主張している。やがてその何かは徐々に形を確固たるものに変えていき、いわば光でできた壁がそこにはあった。

「おい待て、なんだそれは」

「退けるもの。ヘーニルだ。すごいだろ」

「ヘー…? 聞いてないぞそんなの。待て、待った! それをどうするつもりだ」

「こうするんだ、よ!」

 光の壁はヘルマの手から弾かれたように猛スピードでこちらに襲ってくる。すさまじい速度だ。見まがえる暇などあるはずもない。

 耳鳴りのような高音をまき散らす光の壁は、一瞬のうちに目の前までやってきた。間抜けな声を上げていた俺はそのまま容赦なく弾き飛ばされた。

 途方もない衝撃を受けながら真っ白になった頭はあっさりと意識を手放してしまうのだった。

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