薬草学院の御庭番 門を開く者

はじまり

「王子。今日は顔色がよろしいようですね」

「あなたのおかげですよ」

六芒国の第二王子。病で伏せていたベッドの彼はそうと朗らかに笑うと世話係の娘の手を握った。十七歳の青年。しかし幼き頃の病のため外出もおろか部屋で過ごす毎日を過ごしていた。

日本は海に囲まれた島国。しかし地球温暖化による海抜の上昇で多くの土地が海に沈んでしまった。さらに追い討ちをかけるような新型ウィルスによるパンデミックスで世界の人口は減少していった。現在の日本は六つの区域に分かれていた。それを六芒国という。

真緑国は標高高い高原地帯。空気が薄く山岳地帯に住む住民の運動能力は高い。獣肉、野菜、薬剤、薬草の産地であり貴重な薬草の宝庫である。

火国は火山地域。熱を用いた電力発電所があり国中の電力をまかなっている。水延には大きな湖が広がる。漁業が盛んな水産地である。

土の国。ここには平野に農産物。稲作、織物の産地である。金の国は工業地帯となっている。そしてこれらの中心地には六芒国がある。五つのエリアの中枢であり政府及び王族が治めている。

パンデミックが収束しても他エリアへの移動は許可制であったが、第二王子の病の手当てのため五芒国より医師が集められていた。しかし既に手の施しようがなかった。皆がサジを投げた悲劇のために残ったのは真緑国の薬草師達だった。

世話係の彼女はそういうと食事を運んできた。年の近い彼女は最近、こうして看護していた。そこへ王子の乳母がやってきた。

「王子様、いつ迄もこれでは困ります。どうか私共に世話をさせてください。彼女は薬草師。頼むのは薬だけですよ」

「良いのだ。なあ、娘よ」

「は、はい」

どこか戸惑いながら薬草師は王子の世話をしていた。そんな彼女は夜に乳母に呼ばれた。

「どうですか王子の様子は」

「ご機嫌よくされていますが、実際は病は進んでおります」

「そうですか」

全ての医者が直せない彼の病。薬草師の彼女は彼の痛みを取るだけ。治すためではなく痛みを取るだけの癒しであった。

これを知らずに病が治ったと信じている王子に彼女は胸を痛めていた。

「乳母様、私はそろそろ国に帰ります。薬は置いて行きますので、どうか医師の勧めで治療をしてください」

「そうですね。あなたの役目はこれまでです」

彼女は翌日、王子に別れを切り出した。彼は火が付いたように怒りだした。温厚な彼の怒りに彼女はたたただ震えていた。

「私を見捨てるのか？それはならん」

「そうではありません。私よりも、医師の指示の方がお体に良いはずです」

「……違う。そなたは私が嫌いなのだ」

「決してそうのようなことはございません。どうかお許しください。王子様」

仕事として従事している彼女。しかし王子は彼女に癒し以上に愛を求めていた。

平伏し謝る彼女に王子は怒りに身を震わせていた。

しかし。彼は彼女を手放すとことはなかった。この日を境に王子の命令で部屋から出られなくなった娘を仲間の薬草師は心配したが、数日後、部屋から出てきた彼女は幸せの笑みを浮かべていた。

「心配なく。私、王子を愛しているのです」

「君、任務はどうするだ」

「私は幸せです。どうぞ心配しないで」

すっかり様子が変わってしまった彼女。仲間の心配を他所に彼女は王子の寝室から出なくなった。しかし、熱い夏を越せず、ついにその日がやってきた。

亡くなった若き王子の悲しいお葬式、最後の時まで付き添った彼女はただの薬草師。列席を許されるわけもなく葬儀は末の席で見送るだけであった。独身だった王子の死を六芒国の国民は嘆き悲しんだ。悲しみに包まれた空気の中、彼を愛していたはずの彼女は、不思議と涙を流さなかった。

葬儀が終わり、国王に許された薬草師達は本国である真緑国に戻ってきた。

彼女は薬草研究部から長期休暇をもらった。時の王子を見舞った彼女は緊張のためかとても疲れていた。しかしそれはただの疲れではなかった。

「妊娠？私が？」

「お前。それは誰の子供だ」

驚く父に彼女は涙を流した。

「わからない……お父さん、私、あの国にいた時のことを、全然覚えていないの」

「まさか」

「どうしよう。こんな大切なことなのに」

嘆く娘、しかし日に日にお腹が大きくなっていった。父親は薬草の力を用い、娘を癒し密かに出産させた。

取り上げた赤子は女だった。出産の疲れで眠る娘。父親はすやすや眠る孫娘を腕に抱き悲しみの目で見つめた。

「悲しき子よ。お前に罪はないのに」

出産後の娘は生まれた子をろくに見ることなく、老父に託し仕事に復職していた。父親が不明の娘は彼が育てるしかなかった。

娘には不思議な力があった。それは目力で動物を操るものだった。彼はこの力にまだ見ぬこの子の父親の血を感じた。しかしそれは決して口にできぬことである。六芒国の男。それは誰なのか。彼は知る由もなかった。

『薬草学院の御庭番　門を開く者』完

呼んでくださった方へ

ご愛読感謝申し上げます。初めて書いた異世界ファンタジーです。書き急ぎ薄い内容は否めませんが楽しく書きました。

この勢い。二作目として『薬草学院の御庭番　六芒戦』があります。これは本作品の続編となっています。覗きに来ていただけたら幸いです。

2021年3月桜の頃

みちふむ