(9)

「ただいま。征志郎?いるんでしょう?」

「失礼しまっす。征君、元気?」

部屋に入ると照明は点いているが、彼は見当たらなかった。胸騒ぎのする結月は部屋を探した。

「いないわ。靴はあるのに」

「おい、ベランダの窓が開いてるぞ」

「どいて!」

月の夜の庭、その草の中に、征志郎が倒れていた。彼女はとっさに駆け寄った。

「征志郎!しっかり」

「これは。薬草で眠られている。一体誰がこんなことを?」

腕を縛られて眠る征志郎。この姿に枝が驚く中、暗闇から男が飛び出してきた。

その顔を見て結月は驚いた。

「時長?ここで何をしているの」

「……花はどこだ。出せ、花をだせ」

「何を言っているんだ?彼は」

目がうつろの彼は庭を彷徨っていた。これに枝が結月を見た。

「枝さん。多分、呪いに掛かっているんです」

「呪い?」

「ええ。敵の目的は最初から、私たちだったんです」

柊植物園育ちの彼ら。薬草学院に通う柊姉弟は魔草に詳しいと第三国の彼らは思ったのだと彼女は説明した。

「でも。私に暗示が聞かないし。征志郎の手紙もこっちは無視したので。このターゲットを時長に変えたんですよ」

「じゃあ、これは。彼が操られて征君を縛ったのか?」

「それはまだ分かりませんが。彼をどうにかします」

結月は揺れ動く時長に近づいた。彼は腕を広げて襲いかかってきた。

「ごめんね。時長」

彼女は彼の太ももにいつも隠し持っている注射を刺した。これにより彼はしばらくして大人しく眠ったのだった。



朝が明けた。邸に駆けつけた薬草師の手により手当てを受けたは時長は、薬草病院の部屋で正気に戻った。同室の征志郎も戻った。

弟の話は時長はもらったラブレターを柊邸の庭で燃やしたと明かした。

「そのガスで俺たち狂いそうになってさ。俺は自分で自分を縛ったんだ」

「自分で?なぜそんなことを」

「姉さんを襲うように、頭の中に指令が聞こえたんだよ」

それを制するために自分で縛ったと話す弟の手首は赤く腫れていた。彼女は泣きそうな顔でそれを見つめた。

「ごめんね、姉さんのために」

「いいんだ。姉さんを傷つけるくらいならこれくらい」

「でも、血が滲んでいるし」

「姉さんの方が痛そうだし?そうだ。手が痛いから食べさせてもらおうかな?」

優しい弟に涙を拭った彼女は、時長にも確認した。同様の内容に彼女は病室を後にした。



彼女は学院に来ていた。そして橘に相談し内容を確認した。

そしてある人物を呼び出した。

「あなたね。征志郎と時長に九つの薬草の呪文を使ったのは」

「どういうことですか」

一年生の檜木優介は驚き顔で彼女を見つめた。青白い彼は長身で細身だった。放課後の研究室には黄昏の光が入っていた。同席している蓮は静かに席に座っていた。

「二人は体育の着替えの後に制服のポケットに手紙があったと証言しているの。手紙の内容からてっきり女子かと思っていたら、あなただったのね」

「もしかして監視カメラを見て言っているんですか。それって僕だっていう証拠はないですよね」

「そうね」

結月は静かに長い髪をかきあげた。この仕草を檜木は熱い目で見ていた。

「でもね、君は足首を怪我しているそうね。隠しているようだけど、ここにいる蓮が見たそうよ」

「それが何か」

「薬草を盗む時、罠にかかったんでしょう。私もまだ青い痣があるの、ほら」

白い細い足首。青い痣を彼は嬉しそうに眼を輝かせた。

「痛そうですね。確かに僕もありますが、これは自宅のベッドで足を挟めたいせいです」

そう言って彼は椅子に座った。自白しない彼、しかしその態度は明らかだった。彼の自尊心をくすぐるように彼女は説いていった。

「君は一貫種に興味があったそうね。ここの生徒じゃそんな人たくさんいるけれど、君が読んだ魔草本の閲覧記録は普通じゃないわ。これを第三国の奴らに利用されたのね」

「怖いな?魔草を調べただけで僕は犯人にされるんですね」

「……私への誹謗中傷も君の仕業ね。そんなことをしても全く私には無効だったけど、楽しかった?毎日優しく挨拶してくれたのに、影では悪口書いて」

「覚えていてくれたんですね。嬉しいな」

庭師の彼女には生徒は挨拶などしないものだ。しかし彼は征志郎と同じクラスのためか挨拶をしてくれる生徒だった。裏表のある彼に、蓮はおどおどしながら聞いていた。

「どうしてこんな遠回しのことをしたの?狙うなら私を狙えば良かったのに」

「どうして?そんなことを聞くんですか、ひどい……」

彼は悲鳴のような声で叫んだ。

「僕は男子で一番だったはずなんだ!でも入学したら三番だっていうじゃないか?おかしいだろう。絶対お前達は卑怯な手で成績を上げたに違いないよ」

「してない」

「嘘だ!僕が貧乏だから、お前達はお金を積んだんだ、そうに決まってる!」

ここで蓮が立ち上がった。

「どうしてそう思うんだよ?自分の実力不足じゃないか」

「うるさい!」

彼は耳を塞いだ。蓮は話を続けた。

「それに。成績に異議があるなら学院に言えよ。本人は関係ないだろう」

「黙れ!お前なんかに言われたくない!」

震える檜木。結月は優しく尋ねた。

「学校の成績が全てじゃないわ。私はこの学院に通えないんだもの。君は通えるだけ幸せだって事に気がついていないのよ」

「……」

「ねえ。どうして私たち姉弟を狙ったの?個人的に何かしたのかな」

「ハサミ、ハサミですよ」

檜木は真顔で訴えかけてきた。結月は話が見えずキョトンとしたが、蓮が思い出した。

「結月。この前、廊下で汚れたハサミが落ちていたんだ。征志郎は拾って綺麗にして持ち主を探したんだ。これは農学の先生の貴重なもので、あいつはずいぶんお礼を言われていたんだ」

そんなことを知らない彼女はそれがなぜ、恨みを買う事になったのか理解できなかった。

「それがどうして」

「あれは僕が最初に拾ったんだ!それなのに柊のやつ」

結月はじっと彼をみていた。蓮は恐る恐る口を開いた。

「あのな。檜木。お前は拾ったものを面倒だから征志郎君に預けたんだろう?その拾ったものをあいつが処理しただけじゃないか」

「そうだよ!あのハサミを最初に拾ったのは僕だから」

静かな口調だが怒りを殺すような震えの腕の檜木。ここで蓮が苛立ちを抑えず口を挟んだ。

「征志郎は自分で苦労して持ち主を探しただから。お前は関係ないだろう」

「でも。最初に拾ったのは僕だよ。柊君じゃない?でも、僕の名前がどこにも出てこないのは不平等だ。まるで柊君が拾ったみたいじゃないですか」

拾った自分にこそ称賛を与えるべきだと説く檜木は本気だった。結月は哀れみの目で檜木に向かった。

「確かにそうだね。じゃ、君はどうして欲しかったの?」

「最初に拾ったのは僕だって、みんなに説明して欲しいですね。当然ですよ。僕を無視するなんて失礼じゃないですか」

「そ、か」

「ちょっと?結月、マジかよ?」

驚く蓮に彼女はまあまあと手をあげた。しかし。蓮が黙っていられなかった。

「檜木。やっぱりお前の話は何も共感できない。お前は征志郎に面倒を押し付けたくせに、称賛を得たいなんでおこがましいじゃないか。しかもあいつを恨むなんて」

「でもハサミを拾ったのは僕です。それは真実です。僕から見ればどうしてこんなに責められないといけないんですか?落とし物を拾ったのは僕なんですよ?僕が拾わなかったら柊君は褒められることはなかったはずです」

「その通りね」

結月は静かに彼を見つめた。

「あなたの話は正論だわ。早速学院にも最初に拾ったのはあなただって報告します。その他にもメールでこの旨を広めたいと思います」

「マジかよ?結月、う?」

彼女に制された蓮は呻き声をあげた。

「いいんですか、本当に」

「ええ。あなたの正義を殺すことはできないでしょう」

「ふふ。ありがとうございます」

子供のように嬉しそうな檜木。しかし結月は笑っていなかった。

「さて。じゃ。この九つの薬草も紹介しなくちゃね」

「え」

途端に檜木は青ざめた。この変わりように部屋の空気が静まった。

「カッコウソウ、ミチタネツケバナ。最後のフェンネルを探すのが大変だったみたいね」

「……」

押し黙る檜木。結月は思い出したように部屋を歩き出した。

「九つの薬草。古代から伝わる黒魔術の一つ。マッグウィルト、ウァイブラード、マイズ、ステイゼ、ウエルグル、フィル。この六種は身近な植物だけど。アトルカラーゼ=和名カッコウソウ。スチューン=和名ミチタネツケバナ。最後のフェンネル。この三種だけは入手が困難だったようね。だから学院の庭から盗んだのね」

「何のことですか」

青ざめた檜木。ここには冷たい空気が流れてきた。

「庭の縄の罠にかかった画像。外部からアクセスして消したつもりかもしれないけど、復元できたそうよ」

とっさに足首を隠す仕草の檜木。この話についていけない時長は間に入った。

「どういうことだよ?わけわかんないし」

結月は仲間たちをぐるりとみた。

「檜木君は征志郎を呪おうとした。だから薬草学院の庭から薬草を盗んだのよ。その頃、敵から接触があったのね。まあ利用されたかも」

部屋を歩く結月。檜木は拳を震わせていた。その目は殺気を帯びていた。

「証拠もないのに失礼じゃないですか?僕が九つの薬草なんて」

怒りで震える檜木を無視して蓮は彼女の肩を叩いた。

「結月。その九つの薬草ってどういうものなの」

うなづく結月は言葉にした

「正式には『九つの薬草の呪文』ね。古代のルーン文字で書かれた黒魔術の技法」

「それは呪いなの?殺すとか?」

「ちゃんと作ればそうなるけど、彼は自分で作ってないもの?敵の力を借りたものよ」

さてと彼女は手を叩いた。檜木は眼を見開いた。

「それでは早速。あなたの指示通り檜木君が先生のハサミを拾ったことと、九つの薬草話を学校中に広めればいいんですね」

「こ、九つの薬草なんて。証拠もないくせに。言いがかりだ」

ここで蓮が前に出た。

「言いがかりはお前だ。いい加減にしてくれ!頭がおかしくなりそうよ」

「うるさい!黙れ。みんなで僕を馬鹿にして……」

檜木は腕のディフェザーに手をかけた。そこから途端に香りが漂ってきた。

「みんな死ぬんだ。これで」

「下がれ結月」

蓮の声に彼女は口に手を当てながら下がった。そして供えていたマスクをした。白い煙が充満する中。いつの間にかマスクをした檜木は笑っていた。

「ハハハ。もう手遅だ?みんなこの毒を吸って苦しめばいい!僕を馬鹿にした罰……」

そう話が終えない時。急に檜木の目がはっと見開いた。その先には結月がいた。

彼女もまたマスクをしいていた。目があったままの二人。ここで檜木はあろう事が自分でマスクを外した。

「はあ、はあ、はあ……う?く、苦しい」

自らの毒を吸う彼は悶え苦しみながら倒れた。蓮が開けた窓のからの空気。煙が晴れた部屋。彼は倒れた檜木に驚いた。傍らの結月は表情一つ変えず檜木の苦しむ姿を見ていたのだった。




◇◇◇

この日、医務室に運ばれた檜木は毒の中和を施してもらい、迎えにきた薬草研究部の職員と母親に付き添ってもらい帰っていった。蓮も家に帰した彼女は学院長の部屋に呼ばれていた。


「我が校の生徒が三人も第三国のスパイとつながっていたとは」

「恐らく。操りやすい若者を狙ったのかと」

「薬草師を育てる学院が、なんということでしょう」

年老いた彼女は嘆いた。彼女はそれをじっと見ていた。

「魔草は存在自体が魔。私には人が魔に思えてきますよ」

「はい」

「それにしてもお前は本当に疫病神だ」

「恐れ入ります」

「心にもないことを……どの口が話をしているのかね」

憎々し気なシワだらけの顔。彼女はくるりと椅子を回転させ彼女に背を向けた。

「今回は事件を解決したのでお前の処分は不問とします」

「ありがとうございます」

「このような事は二度ごめんです。下がりなさい」

はいと彼女は首を垂れた。そして静かに部屋を出た。





夜の自宅。そこには暗部から連絡がきていた。

「今回の工作員のうち、やはりお前と同じ眼の者がいた」

「そうですか」

彼の正体は不明で傭兵ということだけだった。

「調べていたのはやはりオピウムだ。女子生徒を使って一貫種を狙ったようだが失敗したようだ」

「恐れ入ります。薬草学院の生徒で魔草に興味があるものが狙われました。今後の対策をお願いします」

「わかった。他にはないか」

「はい。また気がついたらご連絡します」

消えたモニター。彼女はこれに安心するとリビングの弟の元に走った。



「はい。あーんして」

「もういいよ、自分で食べるよ」

「ダメよ、姉さんが食べさせるんだから」

そうはいうが彼は嬉しそうだった。彼女は続けて食べさせていた。

「ところで姉さん、しばらく仕事はしないって言ったのに、どうして戦ったの」

「してない」

「何言ってんだよ。時長の事、ブスッと刺したって」

「そんな事したっけ?はい、あーんして」

誤魔化す彼女に征志郎は諦めて口を開けた。そして食べた。

「……って言うか。檜木って姉さんのこと好きだったんじゃないのかな。相手にされなくて俺の事恨んだんじゃないの」

「実の弟なのに、恨んでどうするの?話にならないわ」

ここで水を飲んだ征志郎はじっと姉を見つめた。

「何?」

「俺の事をその眼で操ってみてよ。一度どう言う風になるのか知りたいんだ」

「ダメ。早く食べて」

しかし彼は口を結んで拒否した。結月は観念したように首を傾げた。

「どうしても、て言うなら、そうだ!今から勉強したくなるって暗示を」

「やめて。早く食べさせて」

姉と弟の夜。力をもつ姉と優しい弟。薬草学院に通う二人には、夜の窓からは初夏の風が優しく吹いていた。




薬草学院の御庭番 門を開く者 完




ここまでのご愛読心より感謝申し上げます。



<参考書籍>

毒草・薬草事典 著者 船山信次


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