(8)

「もしもし。橘さん?禁止エリアに女子生徒らしき二人が進入しました。これより追跡します」

『それはさすがに君でも危ないよ。今から警備員をそちらに配備させますから』

「待ってられません。先に行きます」

橘の声を遮るように連絡を絶った結月は、馬の背に立ち門へと登り始めた。やがて門の向こうの降りた彼女は門の内側を確認した。緊急用に内側からは開錠になる仕組み。ここを開けた結月はまず退路を確保した。そして足早に女子二人の後を追った。

結月の知らせで照明が明るくなった園内。初めて踏み入れた禁区。そこには恐ろしいほど美しい花が狂ったように咲き誇っていた。二人はそこに蹲っていた。

結月は声を張った。

「やめなさい。それは犯罪よ」

「うるさい!庭師のくせに」

「パパに行ってあんたなんか首にしてやる」

二人は慌てて結月の腕を掴んだ。彼女はこれを払った。

「パパでもなんでもどうぞ。とにかくここは危険なのよ。早く出てください」

「うるさい!あっちに行け」

「悪いけど。私たちは本気だから」

そう言うと一人はナイフを彼女に向けた。震える女子生徒の手。結月は呆れたように肩を落とした。

「いいから。それを離しなさい。ほら」

「いやよ!私たちは少しだけ待ってくれって言ってるの!」

「弥生。今のうちに私がやるから」

そう言って一人はその花の蕾を千切るように摘んだ。日が落ちかけた庭。風が一瞬吹いた。無言の結月はじっと一点を見ていた。この無情な顔に女子生徒のナイフは震えた。

「睦月、ま、まだなの?」

「まだ、だよ。急かさないでよ」

この瞬間。結月はゆっくり歩み寄ってきた。二人はそれでも強気を隠さなかった。

「な、何よ。これは勉強に使うんだからいいでしょう」

「こっちに来ないで!庭師なんかいつでも首にできるのよ」

「いいから黙って。振り向かないで」

凄みのある結月。二人はドキとした。結月は二人を透し、庭の先を睨んでいた。

「このまま背を向けて……。走らないで。振り返らずに門を出て。そこに馬がいるから二人で乗るのよ。そしてすぐに逃げなさい」

「はあ?」

「何それ」

この時。女子生徒の背後から遠吠えが聞こえてきた。一人は一瞬悲鳴を上げた。

「何なの……」

「これって、犬?」

戸惑う二人。手は泥だらけで顔は青ざめていた。結月は長い髪をそっと後ろにまとめた。

「いいから。さあ、早く。まだ来ないうちに行って」

「や、弥生、行こう」

「待って?足が竦んで」

立ち止まっている女子生徒。二人を背にしていた結月は一人のバンと背中を叩いた。

「行きなさい!死ぬわよ」

「ひや!」

「きゃあ」

泣きそうな二人は門に向かった。門を開けるとよじ登るようにオリオンに跨った二人は、思わず園に残った結月を見た。彼女の目線の先には白い狼、三頭静かに近づいていた。これに悲鳴を上げる間もなく、二人を乗せたオリオンは走りだしていた。



三頭か……どうする?薬草学院の立ち入り禁止の庭には番人が放牧されている。放たれた狼は唸りを上げて彼女にゆっくりと迫っていた。


囲むように結月の周りをうろうろ回る狼。親子であろう、連携が取れていた。合気道を嗜んでいる彼女であっても狼を倒すのは困難である。逃げるには木に登るしかないか生憎そばにあるのは細い枝。じりじりと迫る狼に、身構えた彼女は深呼吸をした。そして力を発揮した。



まず一頭。一番大きな体の狼に視線を当てた。彼女の体からは毛が逆立つような殺気が漂っていた。

『止まれ!私はお前より強い』

狼は動きを止め、思わず後ろへ下がった。他の二頭もこれに習った。一瞬ひるんだこの時、結月はもう一頭に目を飛ばした。

『下がれ!』

この暗示が効いたようで、もう一頭は指示無しで下がって行った。

やがて大きな体の狼がキャンキャンと退散すると二頭も退がって行った。狼の足跡に囲まれた結月は、やっと安堵した。この場には警備員のサイレン音がしてきた。気がつくと宵の金星が出ていた世界。風の中、彼女は職場へと戻っていった。



「すいませんでした!」

「こんなことになるなんて」

名馬オリオンが連れてきた馬小屋には連絡を受けていた仁王立ちの松本が待ち構えていた。女子生徒は移動した庭番室で観念していた。

「君たち。あそこで何をしていたんだい」

「禁止エリアに入れば退学だって知っているよね」

まだ学院の教師は来ないこの場。松本はお茶を出し、橘が質問していた。そこに草と泥で汚れた結月が戻ってきた。

「ただいま戻りました」

「おかえり。二人は無事でしたよ」

「良かったです。三頭出ましたので。どうしようかと思いました」

あっけらかんと話す結月は庭番室の洗面所で手を洗っていた。狼から逃れてきた彼女。二人の生徒は驚き顔で見ていたが、松本が目で促した。

「君達。柊君に言うことがあるんじゃないか」

「柊、って。あの柊君のお姉さん?!」

「ヤバイ?まじで」

女子達は立ち上がると頭を下げた。

「すいませんでした!助けてくれたのに」

「ごめんなさい。ひどいこと言ってしまって」

「もういいですから。それよりも怖かったでしょう?大丈夫ですか」

タオルで手を拭く優しい結月の笑みに二人は涙目になった。

「ううう。本当にすいません」

「わ、私達。脅されたんです……」

堰を切ったように泣き出した二人は語り出した。二年生の森本弥生と枡田睦月は最近、他校の男子生徒と交際していたが、別れたくなったと打ち明けた。

「夜とか呼び出したりするし。あんまり高価なものをくれるんで、怖くなって別れたくなったんです。そしたら怒って交際の事を親にバラすって言われて」

「今までデートに使ったお金を返せって。学院に来るって脅すんです。私達、お金を返すなんてできるわけないのに」

俯く二人。松本は質問を続けた。

「それで?君達はどうしたんだい」

お茶を進める松本の優しい言葉に二人は鼻をすすった。それは別れの代わりに薬草を持って来いと言われた内容だった。

「他のもので許して欲しいって言ったんですけど。親にバラすって言われて」

「どうしようもなかったんです。ううう」

泣き出した二人。タオルを差し出した橘は、松本に向かった。

「とりあえず、親御さんを呼びました。これから迎えに来るそうです」

「どうしよう?私達、もうおしまいだわ」

半狂乱の弥生に睦月も大粒の涙を流した。これを見届けた松本は橘に二人を託すと結月を隣室へ誘った。

「……自白剤を使用しなくても。これは真実のようだね。ところで二人の採取しようとしたものは何だ」

「実はオニゲシでした」

「オニゲシ?オピウムじゃなくて?」

麻薬である原種。真緑国といえどそこらで育てているものではない。薬草学院では勉学のために生育させているが最も厳重に管理している薬草である。結月も初めて足を入れた禁断の園。魔草ばかりの園に足を踏み入れた罪は違反であり、その採取は重罪に値するものである。

「はい。そばに一貫種がありましたが、摘んだのはオニゲシです」

「一貫種?彼女達は事の重大さを知らないようだね」

一貫種とは。魔の成分がたくさん取れる日本で品種改良された魔草である。

昔の単位一反、現在の300坪あたり一貫、現在の3、75キログラムその成分が取れた事が由来とされている。しかし彼女たちが摘んだのは隣にあったオニゲシ。これは魔草ではない。成分が全くない花である。勉学のためにあえてそばに咲かせているのであった。これらを嬉々として摘んでいた二人の様子を結月は重い気持ちで思い出していた。

「重大と言うと。もしかして。彼女達は退学だけじゃないんですか」

未成年。ここは学院内。恩赦を結月は想像していたが松本は暗かった。

「オピウムなら一般人なら服役だ。生徒だって免れない。しかし今回はオニゲシか、まあ立ち入り禁止エリアに入った罪だけになるのかな」

憐むような松本の声。彼女達を止められなかった結月は胸が痛んだ。



学院に連絡しここに片桐がやってきた。迎えにきた親もしきりに謝り、二人も反省していた。学院内から外には魔草が出てないことから椚学院長の決断で警察には通報せず、学院内の処理となった。

騒ぎの最中、馬小屋でオリオンの世話をしていた結月のところに、片桐がやってきた。外はすっかり夜になっていた。

「お前。狼相手に無事だったんだな。さすが俺の弟子だ」

「やめてください。それにしても。二人の交際相手が問題ですよね」

「ああ。それは薬草研究部で調査することになった」

枯れ草に腰を下ろした片桐はオリオンにブラシをかける結月に愚痴をこぼし始めた。

「オリオン、お前、気持ちよさそうだな。俺はまた任務だよ……結月はいいよな。可愛い弟とここで仲良くお勉強で」

「お言葉ですけど。私は任務でここにいます。それに彼女達の話を聞けばすぐ交際相手は知れるでしょう」

「まあ、な。ところで。お前の可愛い弟に来た手紙の件だがな」

この答えが片桐から来ると思っていなかった結月は、ブラシを止めて彼を向いた。片桐は立ち上がり腰の草を払った。

「あれは九つの薬草だが、いわゆる古来の惚れ薬だ。効果はないがその手法で調合してあった」

「棟梁は化学反応で発動って言っていましたが」

「燃やすとそうなる。手紙を隠したい心理をついたものだな」

へえと感心している結月の頭を片桐はポンと撫でた。

「まあそんなに心配するな。お前の弟はしっかりしているから」

「いえ。犯人を探そうと思って。あとでその成分のデータをください。自分で調査しますから」

弟のことしか考えていない彼女。これを知っている片桐は古傷が残る顔で笑った。



その翌日。事態は大きく展開していた。

「え?私に唆された?」

「信じられないが。二人の弁護士がそう言ってきたんだよ」

結月の情けをこんな形で返すとは。庭番室の松本はうなだれていた。これに橘はコーヒーを出した。

「だから僕は言ったじゃないですか。警察に突き出せって」

「未来ある生徒だ。退学はあるにしても犯罪者にするのは学院長も避けたかったんだろうな」

責任を痛感し頭を抱える松本は死にそうな顔をしていた。橘は窓の外を見た。緑の庭には小鳥が飛んでいた。

「でも。その責任を我々庭番になすりつけるとはね?恩を仇だで返すとはこのことだ」

冷たく呆れる橘。しかしデスクに座った結月は一点を見ていた。

「状況は把握しました。私はやれる事をやります」

「え」

「何をする気なのさ?弁解でもするつもりかい」

面白がっている橘に結月は真顔を向けた。

「彼女達の交際相手を探します。その方が早いので」

「君がそれをやるのか」

「よしなよ。もっと立場が悪くなるよ」

面倒そうな橘に対し。結月は首を横に振った。

「いえ。元はといえば私があの二人を門の前で止めればこう言う事態にならなかったんです。私にも非がありますので!さてと、どうやって探そうかな……」

そう言ってパソコンで調べ始めた彼女。まるでネットショッピングでもしているような気軽さに松本はスッと立ち上がった。

「私も及ばずがら手伝うよ」

「本気ですか?棟梁までやめて下さいよ」

うるさいと言わんばかりに松本は部屋を出て行った。夢中で調べる結月に呆れたように橘は深くため息をついた。

「どうしてそこまでするのかね」

「自身の疑いを晴らすためですが、一貫種を知らないような生徒に盗ませるなんて。許せないです」

「僕に怒らないでくれるかな?まあ、僕も調べるから。まずは監視カメラを調べるか」

仕事そっちのけで庭番達は動き出した。単独で調べるつもりだった彼女には続々と情報が入ってきた。



翌朝の庭番室は朝から物々しかった。

「棟梁。ここ一週間の庭の画像を調べた結果。あの女子生徒二人は門の前をうろうろしていますね。どうやって入ろうか調べていたみたいです」

「そうか。それは西の庭師の話と一致するな。そして、事件当日、片桐先生が二人に聴取した内容だが」

現在は結月に脅されたと虚偽を話す二人。これを確認したくとも事情は聞けずにいた。二人は体調不良を理由に入院を決め込んでいたからである。そんな二人の交際相手。駅で知り合ったと言う男子生徒の制服から片桐は正体を追ったが、そのような生徒はいないと言うことが判明した。交際のやりとりのメッセージはすでに届かず。完全に姿をくらました言うことだった。結月は松本に尋ねた。

「あの女子達って、どうやって魔草を渡すつもりだったんでしょうか」

「いつも駅で落ち合っていたらしいね。だからそうするつもりだったんじゃないのかな」

「じゃ僕が駅の監視カメラの画像を見てみようか?アクセスできるよ」

「本当ですか」

驚く結月に橘は黒い笑みを浮かべた。

「僕はね、薬草研究部にいた時はこういう仕事をしていたんでね。ええと。あの二人と一緒にいた人物を探せばいいわけだよね」

嬉しそうにパソコンに向かう橘に松本はそうだとうなづいた。

「それは君に任せる!他にはどうすればいいかな……。入院中の彼女達には接触できないし」

「棟梁。私に時間をいただけますか?少し一人で調べたいので」

自分にかかった火の粉。これを自分で払いたいと話す彼女。まだあどけなさが残る彼女の中の強さに松本は息を呑んだ。

「わかった。気の済むようにしなさい」

「ありがとうございます。何かあったら連絡下さい。では」

支度を済ませた彼女は颯爽と学院を飛び出していた。



◇◇◇

消毒液の匂いの廊下を結月は進んでいた。向こうから看護師がやってきたので彼女は声を掛けた。

「すいません。森本睦月さんのお見舞いに来たんですけど」

「そう言う名前の方はいないと思いますが……え」

結月に見つめらた看護師は心あらずになった。こんな彼女に結月は改めた。

「二日前に入院した女子高生の二人です。彼女はどこ?」

「待って下さい……。ええと、この階の奥と、その真下の部屋になります」

「ありがとう」

手を叩く音を聞くと全てを忘れると暗示を掛けた結月は、部屋を前に手を叩いた。

「失礼します」

「誰……あ、柊さん?」

睦月はベッドから起き出した。そして泣き出した。

「ごめんなさい。お父さんが怒ってしまって」

頬に殴られた赤い跡が痛々しかった。男子生徒に騙されたこの結果。哀れなこの睦月の怪我を無視して結月は尋ねた。

「あなたの交際相手を知りたいの。連絡できないかしら」

「父が携帯を壊してしまって、ごめんなさい」

「他には?何か手掛かりないかな。もらったものとか」

「じ、実は」

交際していたが彼の住処を知りたくて睦月は跡をつけたことがあると白状した。

「私、地図をみればその場所を言えます。他にはこれ、です」

「……電車のカード?これが彼の物なの」

俯く彼女は小さくうなづいた。

「彼のものが欲しくて。最初は冗談のつもりで隠したんです。でも彼。落としたかもしれないって、大騒ぎになったんで。怖くなって返せなくて」

「それでこれを持っていたのね。わかった、預かるわね」

カードを渡した睦月はどこかほっとしていた。親に叱られた彼女。しかし結月は同情する気はなかった。

「あの、柊さん。私は学院は辞めることになります」

「そうですか」

「あの!私、なんとか親に言いますから。柊さんは悪くないって」

必死の彼女の目は嘘を言っていなかった。これを読んだ結月は病室を後にした。





弥生の話も進展があった。彼女は自分の携帯を結月に渡した。彼女は親が結月のせいにしている事を知らずにいた。

「すいません!私、なんて事を……」

「他には何か情報はないかな」

「私、思ったんですけど」

男子学生の彼らの素振り。どうも学生じゃない気がしてきたと言い出した。

「それに、やけに体が鍛えた感じでした。そこがカッコ良かったんですけど」

「写真はないわよね」

「ありますよ?勝手に撮ったやつ」

写真を嫌った彼だったが、弥生は勝手に写真を撮っていた。結月はこれを見た。

「……助かった。本当に携帯借りていいの」

「はい。親には無くしたって言いますから」

「わかった。ありがとう」

親の顔色を伺ってばかりの彼女達。自由に見えるが実は縛られている二人。結月は何も言うことはなく背を向けて病室を出た。



「どうだ」

「片桐さん」

病院のエレベーター前に立っていた片桐に呆れた彼女。しかし片桐はもっと呆れていた。

「まさか。お前。力を使って尋問したんじゃねえよな」

「そんなことしなくても。教えてくれました、はい、これが犯人」

「これ……か」

息を飲み込んだ片桐は車に彼女を誘った。助手席のシートベルトを締めた彼女は慣れた手つきでカーナビで行き先を設定した。

「その場所にいるのか」

「さあ?でも行ってみましょう」

「まさか。工作員とはな」

二人の工作員のうちの一人は、指名手配の男だった。携帯の画像の第三国のスパイの横顔は学生服を着て笑っていた。

「そして、これが奴らの交通カードです。データをこのパソコンから暗部に送りますね」

「ああ勝手にどうぞ。それで行動範囲がわかるな」

手際の良い愛弟子の仕事。運転の片桐は呆れるように感心していた。

「それで?犯人は女子生徒をたぶらかして、一貫種を手に入れようとしたって事か」

「そうなりますね。薬草研究部の花よりも、薬草学院の方が手薄とみたんでしょうね」

「バカにしやがって。しかも生徒を騙すなんて」

しかし。携帯の画像の制服姿の男は結月にはとても魅力的には見えなかった。ここで彼女は長考に入った。


もしも。弥生さんと睦月さんを騙すような薬剤を使用したとか?いや、彼女達は薬草学院の生徒。いくら学生でも相手は警戒するはず。恋する二人の話では彼らは非常に素敵で格好が良いと頬を染めるくらいの話である。何かおかしいと結月は思っていた。

「なあ、結月、そろそろ着くぞ」

「はい。降りてみましょう」

睦月が密かに彼らの跡をつけた場所。ここは古い工場跡だった。入る前に二人は近くのコンビニエンスストアに立ち寄った。

「すいません。兄を探しているんですけど。この顔に心当たりはありませんか」

「どれ……知らないな」

店長は個人情報もあるといい、教えてくれなかった。しかしその目が動いた様子を結月は捉えていた。帰り際。外の掃除をしていたバイトの青年に同じく尋ねた。その目を彼女は見つめた。彼は遠くを見るような目になった。

「君はこの顔を知っているわね?うなづくだけでいい。あの工場にいるの?」

ああと彼はうなづいた。

「何人いるか知ってる?指で教えて」

彼は四人だと指で示した。これは指名手配は五名。この返事に片桐も納得した。

「最後に。彼らは今どこいるの?掃除をしながら答えなさい」

指示通りホウキではく彼は呟いた。

「さっき、一人が宅配荷物をうちで受け取りました。今なら……いますよ」

「ありがとう。あの信号が赤になったら、お前は今のこと忘れなさい」

「はい……」

青年に背を向けて二人は車へと戻っていった。



「容赦ないな。あ。交通カードのデータが解析されているぞ」

「うちの暗部は優秀ですよ。ええと、駅以外にホテルに泊まっていますね」

車から離れていた間に届いていたメッセージ。この該当するホテルには薬草部の暗部がすでに向かっていると言う内容だった。この時、結月の携帯に橘から連絡が来た。駅で女子生徒が会っていた男達。その顔は指名手配の工作員と一致した。

「橘さんすごいですね」

「あいつも元薬草部だからな。まあ、俺はもっとすごいけど」

「こっちはどうしましょうかね。二人で突入しますか?」

「おいおい。いくら優秀な俺でもそこまではちょっと」

それに。ここで結月が動くのはまずいと彼が許さなかった。片桐の指示の元、暗くなるまで見張りをしていた二人の元にやがて暗部の仲間が合流した。

「お?結月姫、いらしたんですか?」

「枝さん。冗談言っている場合じゃないです」

普段一緒に仕事をしていた彼。しかし今は濡れ衣を着せらている彼女はムッとした。枝はしまったと頭をかいた。

「そんなに怒らなくても?さあて、姫のためにやりますか……」

暗部の仲間達の軽口の間。片桐は着替えを済ませた。暗視カメラを常備した彼らは突入の作戦を実行に移した。出番のない結月は車の中で待機し、音声だけを聞いていた。


暗闇の作戦。薬草部の暗躍は実に狡猾である。まずは動けなくする香りを焚く。これを感じた時点ですでに手遅れ。満を辞して場に踏み込むのがいつものやり方である。

失敗といえば。相手はこれを対策しマスクをしていることだ。案の定、今回も怪しい気配に敵はマスクをしていた。これにより薬剤の攻撃は無効となった。

次の戦術は遠距離攻撃である。薬剤を入れた弾薬。これをスナイパーが撃つ。今宵は枝がこれを務めていた。しかし、結月に届いた音声ではこれが失敗し、敵に見つかり戦っている音声であった。

「何をしているのよ……焦ったいわね」

直接対決となれば片桐である。武闘家の彼は接近戦係である。しかし音声では彼のうめき声がしていた。

「大丈夫なのこれ?」

他にも今夜は暗部の薬草師がきていた。イライラしていた結月は、どうしようもなく表に出た。そして敵がいる倉庫の前で待っていた。白煙が溢れる倉庫。音声では車のエンジン音がしてきた。彼女はもう待てなかった。壊れかけたガレージ。このシャッターが上がったと思いきや、車が飛び出してきた。助手席の顔はあの工作員だった。結月は彼をロックオンした。

『運転手の首を締めろ!早く』

頭に電流が走るような熱い伝令。これに逆らえない工作員は彼女の指示通り運転手の首を締めた。運転が乱れた車はすぐに電柱にぶつかり停止した。その後部座席から男がよろよろと降りてきた。この男の足を枝が撃ち、男を倒した。これで三人、後二人は?探していると、血だらけの片桐がやってきた。

「一人は倉庫にいる。後一人がいない」

「車内にいます……今、降りてきた」

降参の体裁で腕を上げた男。しかし顔は笑っていた。嫌な予感がした結月は声を上げた。

「目を見ないで!枝さん!」

「はいよ!」

枝によって放たれた銃弾。流石に住人が集まっていた。手を上げた男に撃った事に可哀想と市民の声がしていた。彼女は足を撃たれて倒れている男に銃を構えながら歩み寄った。

「答えなさい。弥生と睦月に近いたのはお前だな?結果は残念だったな」

「……」

「魔草は絶対渡さない。何度来ても同じ事だ」

「ふふふ……おい!何をする」

不気味に笑う男。彼女は顔に自分のスカーフを巻いた。彼の眼を完全に覆った。

「隠すだけだ。お前は貴重な捕虜だ」

「そうか。お前も眼を持っているのか?」

「……なんの事?」

とぼける彼女に男は嬉しそうに語った。

「こいつは楽しみだ。ハハハ」

狂ったように笑う狂気じみた男。パトカーのサイレンの中、結月はなぜか胸騒ぎを覚えていた。



警察が来た実況見分。しかし薬草研究部の警察部がやってきて事態を収集した。スパイは連行され、事件は解決したはずだった。

「どうした?結月姫」

「枝さん?何か、こう、ひっかかって」

「枝。わるいがそいつを送ってくれ。俺はまだ取り調べがあるんだ」

考え込む彼女を枝がバイクで送ることになった。夜のドライブ、夜景が流れていた。彼女は彼にしがみ付きながら思い返していた。


思えば。庭の薬草泥棒は九つの薬草から始まっていた。あれは征志郎宛のもの。あの手紙を燃やせば想い人を忘れるというものだ。結果的には事前に防いだものだが、狙われたのは弟。そして今回は自分。

「楽しみ……」

「は?なんだって?」

工作員はそう言って笑った。あの笑み、自信たっぷりであった。結月は枝に回した腕をギュウと強めた。

「なんだ?」

「家まで急いで!嫌な予感がする」

「はいよ。柊邸へご案内―」

枝のマシンは一路柊邸へと向かっていた。



つづく

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