(4)


「いったいどうしたの」

「それはあれだ。二年の先輩がその」

「決闘なんだよ。だから結月」

廊下で興奮している二人。結月はとにかく落ち着けと言い二人の背を押し部屋に入れた。弟の幼馴染み達は部屋に入り、息を整えた。

「昼休みに征志郎は呼ばれたんだ。ほら。あいつは一年の次席だったろう?生徒会の役員の集まりとか。行く気がなかったんだけど、先生が行けって」

「俺達、生徒会室に興味があったから一緒に行ったんだけど。二年の役員の先輩に、決闘を申し込まれたんだよ」

時長と蓮の興奮話。結月は呆れた体裁で二人を見つめた。

「決闘って。ここは学校でしょう」

戸惑う結月に部屋の奥にいた橘が車椅子から手を伸ばし、部屋のカーテンをさっと閉じた。

「柊さん。確かにここは学院ですけどね。毎年春に先輩が後輩に申し込むのは伝統なんですよ」

「でも。どうして弟が」

「何か気に障ったんじゃないですか。ところで君。相手は誰ですか」

橘問いに、蓮は真っ直ぐ向いた。

「確か。柳って言ってました」

蓮の答えに橘はああとうなづいた。心当たりがあるようだ。

「そうか。彼はね。生徒会の役員ですね」

淡々と話す橘にとっては他人事。しかし彼女には重要案件だった。

「彼は去年、先輩から決闘を受けて負けたんです。だから今年はやり返したいんじゃないですか」

ここでチャイムが鳴った。午後の時間の始まり。本人以外で話し合いをしても仕方ない。結月は二人を教室に返した。しんとした部屋に橘と二人になった。

「そんなに心配なら。弟君のところに行っても良いですけど」

「いいえ。放課後だし。姉の私が出張っても恥ずかしいだけですよ」

「そうですか?でも、柳君か。彼は手強いな」

薬草師を目指す若き生徒達。薬草を使った暗躍活動が主であるが、それぞれが護身用の対戦用の武器と、薬草の香りを放つディフューザーを所持していた。この武器とは。刀、弓矢、拳銃型。これらには薬草が仕込まれている。ディフューザーは香りを放つもの。痺れ薬や眠り薬。自白剤や催涙剤などがある。これらの薬剤は敵に知られぬよう、各次オリジナルを使用している。征志郎も然りであり、入学試験で測られる項目である。

決闘について。特に問題はないだろうと彼女は思うことにした。

椅子に背もたれる橘。結月は午後の日差しに目を細めていた。


彼女の午後の仕事は日誌を書くこと。そして今後のスケジュール作りだった。これは薬草の生育に合わせたもの。これからは夏のハーブの種蒔の時期だった。夢中になりシステム端末で入力していた彼女は退社時刻になった。

「柊さん。今日はもう上がってください。僕も帰るので」

「はい」

着替えをして庭番室を出た二人。結月は橘が施錠をするのを確認して放課後の廊下に出た。夕暮れのオレンジ色の日差しが二人の横顔を照らしていた。コツコツと歩く結月の隣には橘の車椅子が静かに回っていた。

「いいんですか」

「何がです?」

「弟君の決闘を見に行かなくて」

「行かない方がいいって言ったのは橘さんですけど?」

「自信があるんですね」

生徒達の声が校庭から響いてきた。橘は立ち止まった。

「僕は観て見たい……」

「え?」

「行きましょう!一緒に!」

悪ノリの橘は結月の手を取った。そして車椅子を思いっきり回した。彼女は走るしかなかった。



見物しようとする学生の山の校庭。近寄ろうとした橘と結月は背後から見ていたが、見えなかった。橘はそばにいた生徒に話を聞いた。

「これは決闘でしょ?どうなってるの?」

「ええと。柳先輩が先ほどから木刀で戦っているんですけど。ちっとも当たらないんです」

「一年生の武器は?」

「素手ですね」

「素手?どう言うことですか?柊さん」

「……ご覧になればわかりますけど。見えないですね」

車椅子の橘のために結月は場所を移動した。椅子を押す彼女は征志郎の背後側に立って見ていた。

肩で息する柳。征志郎は涼やかな目で対峙していた。



「くそ」

「おっと」

近距離の鋭い突きであったが、素手の征志郎はスッと交わした。これは何度やっても同じことだった。観ている生徒達からは真剣にやれとヤジが飛んだ。この様子に橘は結月に尋ねた。

「弟君は戦わないのですか」

「平和主義なんですよ」

「でも。勝負がつかないですよね?」

「薬草師ってそう言うものじゃないんですか」

橘の背後に立つ結月は彼の頭の上で説明した。

「暗躍がメインですからね。敵に遭遇して戦うシチュエーションは最悪です。敵を死傷させたりすれば暗躍した証拠になりますので」

「基本てやつだね。で?今後の展開は?」

見守る二人の先。二人の対決は続いていた。

肩で息する柳。中段から上段に構え、征志郎に突っ込んだ。これを交わした征志郎は哀れむような目で柳を見ていた。

「先輩。もう終わりにしませんか?」

「くそ……。お前なんかに」

そう言うや否や。キラと見えた短剣。柳は木刀の鞘を抜き、中から真剣を取り出した。これに一瞬目の色を変えた征志郎に女子生徒達の悲鳴が轟いた。思わず橘も声をあげた。

「やめなさい!」

しかし悲鳴で消された声。柳の狂気じみた目が走った。

「これで終わりだ!」

この言い終わりの刹那。結月は素早く飛び出し征志郎の前に立ちはだかった。剣を振り上げた柳は結月の眼を見た。

「うわああああ」

黒い瞳。時が止まり吸い込まれるような景色になった。そして柳の脳に電流のように熱く走った。

『とまれ!剣を捨てろ』

頭が痛むような指令。これに恐怖を感じた柳は剣を落とした。そして力なく膝をついた。

「なんだ。これ?急にめまいが……力が」

倒れた柳。慌てた教師達が彼を抱きしめ捕獲した。

「柳。しっかりしろ。柊君。君は何をしたんだね」

ここで征志郎がにっこり微笑んだ。

「先生。違いますよ。これは俺のディフェーザーですよ。眠くなる奴です」

征志郎は制服の腕をめくり装置を見せた。教師達はわかったとうなづいた。

「この後。職員室に来るように。お姉さんもね」

「はい」


はあとやれやれの姉弟。仲間の生徒がねぎらう中、結月は気が重かった。


◇◇◇

「学院長。どうしてうちの息子がこんなことに?」

「柳会長。どうか冷静にお願いします」

「落ち着いていられますか?そもそもです。なぜこの二人が入学できたんですか?」

椚の部屋。興奮しているのは柳の母親だった。息子の不祥事を信じられない様子に結月はあくびが出そうだった。椚は営業スマイルで母親を諭した。

「何度も説明しましたが。柊征志郎は学科試験、実技とも優秀な成績で合格しております。姉の結月につきましては庭番ですので。入学というものではありません」

「本当にそうですか?私は真実を知っているんですよ!」

柳の母は黒い笑みを浮かべてデータを読み始めた。

「同窓会長として調べさせていただきました。二人は柊植物園のゆかりの者です。学院は植物園の植物寄贈の条件として二人を受け入れたんですってね。なんて姑息な」

そんなことない!と一歩前に出ようとした征志郎を結月は腕で止めた。椚の答えを聞きたかったからだ。椚は夫人をじっと見た。

「確かに。植物の寄贈はございました。が、しかし。姉の方は私が雇用したのです。薬草の移植は大変に困難です。これもひとえに生徒に充実した学びの提供のため。そこにいる娘のためではありません」

「では姉の違法な雇用は認めるんですね?」

「違法ではありません。庭番の雇用は正規なものです」

ヒステリックな母親の背後。息子の柳はビクビクして立っていた。顔色が悪かった。結月は彼の顔をじっと見た。彼は動けなくなった。怯えた顔の柳に結月は優しく尋ねた。

「柳君もそう思うんですか?私が卑怯で。弟がインチキだと」

しかし。彼の頭には結月の声が赤い電流が走るようにしびれた。これに柳は抵抗できなった。俯いたままボソと話し出した。

「……俺は、兄さんもここだったから。必死に勉強してやっと入学したんだ。それなのに。柊が学院長のコネで入ったって母さんから聞いて。頭に来たんだ」

「ちょ、ちょっと。な、何を言い出すの?先生。息子に自白剤なんて使っていませんわよね?」

悲鳴のような柳夫人の声。椚はあり得ないと首を横に降った。

「それに。自白剤と申されるなら。やはりこれは彼の本音というわけですね」

「待ってください。貴文。落ち着きなさい。ね?」

すると征志郎が柳に向かった。

「先輩。言っておきますけど。僕だって必死に勉強したんですよ。なあ、姉さん」

「あら?勉強はこれからじゃないの?」

「ひどいな」

「ふ」

姉と弟のやり取りに柳は小さく笑った。まるで別人のような柳。彼の反省の色が見えた夫人は教頭に呼ばれて別室に移動した。三人も礼をして退室しようとした。が、結月だけ呼び止められた。椚と二人きりとなった。

「まったく。呆れますよ」

「何の事ですか」

「今回のお前の件と男子生徒の決闘の件は、目を瞑ります。しかし。今後も同じような問題があるように思えます」

シワが深い疲れた顔の椚。若い頬の結月にため息を吐いた。

「嫌なほど母親に似ている事。お前の顔など見たくもない。お行きなさい」

「失礼しました」

それはこっちもそうだった。会釈した彼女は赤いドアを出た。



帰り道。時長と蓮も一緒だった。二人は決闘シーンに興奮していた。背後について歩く結月に、征志郎が振り向いた。

「ね。何であそこで出て来たの?俺一人で大丈夫だったのに」

「ごめん。気がつけば出ていた」

「そんなに信用できないの?俺だって成長しているのに」

落ち込む彼を友人達は背を叩いた。

「気にすんなって。結月は俺の時だって出てきてくれるから、な?」

「そ。それはないかも?」

「ひでえ!」

「あ。クラスの女子だよ」

夕日が沈む緑地。弟は仲間に囲まれて満更でもなさそうだった。

できた姉は桜の花が舞う中、これをただ愛でていた。




つづく


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