第4話「霊障テロリズム④」

「ほえぇ…凄いですねSPって」


呑気な事を言っているのは鶴喰勘治、紙を操ることが出来る霊能力者だ。


「そりゃそうだろ。合気道、剣道、又は柔道で3段以上じゃないといけないってのが

あるからな。文字通りのエリート」


時彦は縄を投げて蛇に引っ掛けた。力を入れると前進するはずの蛇は大きく

仰け反った。


「クソッ!―ガァッ!!?」


一瞬、視線を逸らした北村の頬が弾けた。

倒れそうになるところを堪えて彼は構え直す。ホルダーにある銃を構えるも


「なんだ…なんだ、この蜘蛛は!!」

「そんな銃じゃ、使いモンにならねーな」


別の方向から声が投げられた。末永伊槻いつき、蜘蛛を操る妖糸使いの一族の

人間だ。ヤケクソになった北村は声を荒げて目の前の男に向けて拳を―。

倒れた北村の手首は背中で組まされ手錠が掛けられた。脚にも縄を結ばれた。


「で、アンタはどうするんだ」

「対人ならどうにかなるが対霊障は…」

「…アンタ、本当は見えてるんじゃないのか?」


千景に対して伊槻はそう言った。


「この蜘蛛、見えてんだろ」

「あぁ、見えてるだけだ。薄っすらな」


そう言うと彼は火を避けながら別の場所に移動した。


「俺たちも移動するぞ。屍鬼の娘がいただろ」


彼らもまた千景の後を追った。

西宮寿葉と対峙していたのは弥勒だった。屍鬼の力を使う寿葉は

笑うばかりだ。


「アンタたちは私から全部奪うんだ!父さんも母さんも、全部!!なんで

動物は殺して食べても良くて、人間はダメなのよ!!」


その言葉には深い悲しみが感じられた。

だから弥勒はその言葉を聞き流し続けた。


「アンタも殺してやる、全員ここで死ぬのよ!」

「死なないよ。ここに居る全員、死なせないし貴方は殺せないよ」

「何、何言ってるの! だったら証明してやる…!」


寿葉は走り出した。その間に割って入ったのは黒いスーツを着た男だった。

抱きしめるように彼女を止めると千景は叫ぶ。


「県知事のマネージャーがいない!真紀さんとも連絡が取れていない!」


弥勒は言葉の意図を察して地下へ向かう。そこから何かを感じる。嫌な汗が

背中を伝って流れてくるのだ。

寿葉は男の腕に噛みつく。屍鬼にかまれた人間はその奴隷になる。だが


「何で…なんでよ、何で!!早く、早く退けって!!!」


どんなに深く噛み千切ってもこの男は絶対に離れない、そして耐えきっていた。


「もしかしてSPの事、知らないのか?」

「???」

「SPは要人警護の仕事だ。強靭な体力と精神力が求められる、いざというときは

弾丸に自ら飛び込む自己犠牲も厭わない。弥勒の言っていた通り、お前は殺せない。

お前のその死ねとか殺してやるとかは子ども冗談と変わらない」


腕を動かそうとしても動かない、脚をばたつかせても動けない。


「何時まで自分がこの世で一番不幸だと思っている。お前より不幸な人間は山ほど

いるぞ。家族を殺された?仲間まで奪われた?ふざけるな。親に暴力を振るわれた

人間もいるんだぞ。周りと違うものが見えるだけで怪物扱いされた人間がいるんだぞ

お前のそれは逃げているだけだ!周りへの不満をぶつける前に、何か行動したか!?

誰かに訴えたか!?ただ泣き叫んで逃げただけだろ!!!そんなガキが殺すとか死ねとか

甘ったれたことを言うなァァァァ!!!!」


千景が怒声を上げた。

寿葉は歯を噛み締める。


「そんなの、知らないから言えるんだ!!!何も知らないくせに」

「―知ってるさ。俺も弥勒も」

「…はぁ?」

「お前はきっと親に愛されていただろう。食事も貰えて、叱られてもすぐに

仲直りしただろう。俺にはそんなお前が羨ましい」


千景は自身の背中を指さした。服の下にはその体躯に似合わない痛々しい傷が

あった。


「殴り蹴られるのは日常さ。まともな食べ物も口にしていなかった。15歳になって

やっと親が捕まって俺は月守家に引き取って貰えた」


千景は寿葉のほうを見た。


「知らないのは当たり前だ。相手にとって自分は他人、他人の気持ちなんて

分からないだろ」


寿葉の手から拳銃が滑り落ちた。何もなくなった手で彼女は自身の顔を覆った。

千景は自分に対して苦笑してしまった。そして彼女に手を差し出す。


「外に出よう。テロに参加したからな、捕まりはするが極刑は無いだろ。更生施設で

暫く生活してもらうことになるかもしれないが」


彼の手を握り寿葉は引っ張られる形で外に向かった。

式場の火は消防隊によって消されることになる。一方、地下では辻村照之と

霊障特別対策課の職員が対峙していた。


「これは…」

「彼女の腹に宿るのは大事な一族の子だ。邪魔はさせない」

「…つまりはそう言う事かよ」


遅れて戻ってきた時彦は忌々しそうに呟いた。

つまりは―藤代若葉には既に子どもが出来ており、知らずのうちに屍鬼の子を

作っていたと言う事。そして目の前にいる男は屍鬼と呼ばれる人食いの一人である。

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