3 私が勝つ。




 一貴かずきが記憶喪失になったというのは、どうやら本当らしい。


 にわかには信じられなかった。そんなファンタジーみたいな話が、身近に起こるものかと。


 だけど、不思議と腑に落ちる自分もいた。この頃、彼の身の周りではおかしなことが起きていたからだ。


 自宅に届いた父宛てのAV……そして家の中で発見された、成年向けのえっちな漫画――AVだけなら父が購入したものだと頷けたが、その後に見つかった漫画によって流れは変わった。


 つまり、AVも、一貴が父名義で購入したものだったのではないか――


 そのことで、あろうことか彼は私を疑った。私が一貴のパソコンを借りたことがあったから、その時に通販サイトで注文したのだろうと。

 それは暗に、サイトに購入履歴が残っていることを意味していた。


 見つかった漫画の内容もまた問題だった。それは、親の再婚によって家族になった義理の母親や妹と関係を持つという……どんぴしゃすぎるシチュエーション。


 自宅での彼の立場は明らかに弱くなっていた。家に帰るのも遅くなり、休日は部屋にこもったきり出てこなくなった。

 家の空気もどことなくぎこちなかった。義理の母となった紗代さよさんの態度もそうだし、なんとなくだけど、義理の妹となったみつみちゃんを彼に近づけてはいけない、そんな雰囲気すら感じたのだ。


 彼が思い悩み――全て忘れてしまいたいと思っても、それは仕方ないことだろう。


 だけど――それは、私にとって絶好の機会だった。


 見つかった漫画のメインヒロインは、どちらかというと義理の妹の方だった。義母はおまけだ。そして、彼がその妹に誰を重ねていたのかといえば――みんなはみつみちゃんだと思っているかもしれない。だけど、違う。


 。その気持ちを密かに抱いていたのだ。


 記憶のない彼は、与えられる情報を全て鵜呑みにするだろう。私が自分の恋人だと教えても、簡単に信じる……。この好機を逃す手はない。仮に記憶がよみがえったとしても、その時までに既成事実はつくられる――私は彼と結ばれるのだ。


 しかし、それには障害がある。


 家で雇っている、家政婦の科川しながわ……。


 思うに、AVを仕込んだのは彼女だろう。紗代さんとの再婚により、科川のうちでの存在意義は薄くなった。彼女にとって、紗代さんは邪魔なのだ。きっと父に色目を使って家の財産を狙っていただろうあの女が両親を別れさせようと仕込んだに違いないのである。


 そして、家で起こった一貴の転落事故……その介護をするという名目で、しばらく彼女の価値は担保された。その間に、今度は一貴に色目を使おうという魂胆なのだろう。つまり、彼女が一貴を突き落としたのだ。疑わしきはなんとやら、今回の一連の騒動で一番の利益を得るのは彼女しかいない。


 ただ、もう一点……気になるのは、一貴が事故に遭ったタイミングで、都合よく家にいなかった義母の存在である。それは運良く当選したという旅行券で父とハネムーンに出かけているからだが――もし、家の雰囲気を壊しかねない一貴の存在を排除しようとしてのものだとしたら?


 あるいは、いずれは父の財産を相続するであろう彼を消したかったのだとしたら?


 ……考えるほどに、全てが疑わしく思えてくる。


 敵は多い。でも――最後に勝つのはこの私だ。


 だって私は、――当然でしょ?



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