2 私が勝つ。




 ――誰かが、私を陥れようとしている。


 先日、私が家事手伝いとして勤める名飼なかい家で、ある事件が起こった。


 名飼家に届けられた荷物。有名通販サイトのロゴが入った箱を開くと、そこにはなんと、成人向けのDVDが収められていたのである。


 いわゆるAV――アダルトビデオだ。


 DVDにもかかわらずなぜビデオと呼ぶのか、かねてから謎だったのだが、そんな私の個人的な疑問はさておき――その荷物の宛名はこの家の主、名飼総一郎そういちろう。つまり、彼が購入したAV……ということになる。

 彼も大人の男性だ。そういう……大学生くらいの、メイドの格好をした女性との行為を描いた映像に興味くらい持つだろう。購入することにはなんら問題はない。個人の自由だ。


 問題は、その荷物を、彼の娘である名飼みつみが開けてしまったこと。

 それが、家族全員が集まる前で露わになってしまったこと、である。


 ……総一郎氏の立場を考えるといたたまれないものの、それ以上に、そのビデオのシチュエーションから想像される『対象』が明らかに私であること――それが、私の立場を危うくさせた。


 そもそも、名飼家が家事手伝いを必要としていたのはごく最近までの話だった。

 仕事に追われ、二人の子供の面倒を見られない総一郎氏が――今の奥様と、再婚するまでの。


 現在の私は、奥様の仕事が落ち着くまでの当面のあいだの家事手伝い。仕事にひと段落つけば、お役御免になる。


 しかしそれを待たずして、今回の件は私を切り捨てる良い口実になるだろう。総一郎氏の立場上、それはやむをえまい。


 しかし、ここで一つ問題がある。

 それはとっさの嘘かもしれないが――総一郎氏は、「これは自分の買ったものではない」と否定していたのだ。


 私はそこでいくつかの可能性を疑った。

 つまり、奥様が私の存在を快く思っていないのではないか――家に家族以外の若い女がいれば、何かを勘繰りたくもなるだろう。


 あるいは、両親の仲を引き裂きたい『娘』による犯行ではないか。


 私の疑惑がさらに深まったのは、名飼家の長男、一貴かずきくんが階段から転落したことがきっかけだった。


 長男ということはつまり、将来的にはこの家の財産を引き継ぐ立場にある。彼がいなくなれば――


 下衆の勘繰りかもしれない。しかし考えずにはいられない。誰かが私や、一貴くんを消そうとしている。総一郎氏の愛人になり得る私と、一番に財産を相続する一貴くんの命を――そして最終的には、総一郎氏すらも。


 一貴くんが転落した時、家にいたのは私と、みつみちゃんだけ――この事実が露見すれば、真っ先に疑われるのは私だろう。


 しかしわざわいを転じて福と為すというべきか、不幸中の幸いか……一貴くんが怪我をしたことで、「彼の世話をする」という名目を得て、私はもうしばらく名飼家にいることが出来る。


 記憶を失っている彼と、一番に顔をあわせたのはこの私。彼の反応も悪くはなかった。雛が生まれてはじめて見た相手を自分の親だと錯覚するように、彼も私に親愛の情を抱いたことだろう。年下の男の子に好かれるのは、なかなか悪くない。彼はもう高校生だけど、年齢の割には幼く見えるし、きっとウブだ。

 そんな相手にハニートラップめいたことをするのは気が引けたが――それはそれでそそるものもあるが、彼を心配する気持ちは本物だ。なにせ、責任問題になるかもしれないから。


 責任問題……責任をとってもらう――いい響きではあるが、この場合責任をとるのは私だ。

 でも、責任をとってお付き合い……というのも、話の持っていき方としては断然アリである。


 なんにしても、この機に彼の愛を勝ち取ることが出来れば――最後に笑うのは、この私だ。


 私を陥れようとする何者かの、その鼻を明かしてやる。



『誰も信じてはダメ』



 彼の部屋に残されていたスマートフォンに、メッセージを送っておいた。



『妹があなたを狙ってる』



 嘘つきを直接糾弾するつもりはない。そんなことをすれば、逆に私の品が落ちるだろう。告げ口は陰口だ。

 私は正直者でいればいい。私は何も、嘘はついていないのだから。



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