1-2

「このナリ……この感じ……どうやら俺という存在は、まごうことなきマントのようだな。うむ!」

 ギド、と名乗ったマントは、まるで他人事のように言う。

 あなたは何故ギドがマントなのかを尋ねた。

「知らん。何も憶えておらなんだ。まあ憶えていないとうことは、些末なことなのだろうよ」

 いや、流石に自分のこと全てを憶えていないのに些末もなにもないのではないか……。

 あなたは内心そう思ったものの、言葉にするのは藪蛇そうだと口をつぐんだ。


「とはいえ、何も憶えておらん上、こんなところに放り出されては何をどうすればよいか、といったところだな、お互い」

 それには同意せざるを得ない。

 廃墟とも変わらないようなスラム街に投げ出され、どうすればいいというのか。

 あなたとマントが途方に暮れていると、背後から足音とともに目の前に影が差した。

「ほほう……そこそこ立派なマントをつけて、身なりのいい嬢ちゃんじゃねえか。こんなところでどうしたんだい?」

「あ、アニキ、アニキ。どうすんですか」

 肉だるま、とでも表現した方が良さそうな太った男と、痩せ気味ないかにも三下そうな男の……典型的なチンピラとしか形容しようのない二人組が声をかけてきた。

 身なりは率直に言って悪い。スラムの住人だろうか。

「なんだ、この頭の悪そうな連中は。おい、お前。友人はよく選ぶべきだぞ……なに? お前の知り合いではない?」

 ギドのため息のような問いに、あなたは首を横に振っておいた。知り合いではないだろう。多分。

「な、なんだ。どっかから声が……」

「あ、アニキ、このマントの襟見てください! ガラの悪そうな目ぇパチクリさせてますよ!?」

「ま、マントが喋ってのんか……!? なんてこった、魔法のアイテムってヤツじゃないのか?」

 二人の目の色が変わったのを、あなたは感じた。

 察するに、『そういう物品』は貴重品なのだろう。

 チンピラにそういう品とくれば、次に彼らが取る行動について、あなたは手に取るように分かる。

「へ、へへ、俺らよう……ちょいと明日食う金にも困っていてな。大人しーくそれを渡せば……。でなきゃ、ちょいと手荒にした上、身代金とかいうヤツをよう……」

「ヒヒヒヒ、こんな身なりのいいガキ、どんな金になるか……」

「ああ、もしかすると、さる高貴な……」

「お前いいのか。相手の勝手な解釈で王侯貴族だなんだ辺りまで見られてそうだぞ」

 それは困る。あなたは多分天涯孤独の身なので、そんな犯罪行為は無意味だと伝えようとした。


「お嬢様キッーーーーーーーーーーーーーーーーーク!!!!」


 高らかな叫び声とともに、大の男二人の頭部に細身の足が突き刺さった……と思ったら、顔を歪ませながら男二人がぶっ飛んだ。

 華麗なドロップキックからふわりと着地したのは、お嬢様の言葉通り、身なりのいい十七、八ほどの女性だった。

 良い仕事をしたとばかりに額を拭うと、彼女は吹っ飛んだ男二人にひとさし指を突きつける。


「こんな子どもに何かしようなんて……いくら貧しいとはいえ恥を知りなさい、恥を……!」

 その身なりで貧しさを同情するのは無理があるだろう……。そう思っても指摘まではしない優しさが、一応あなたにはあった。

「う、うるせぇ! 俺らの苦労も知らずに綺麗ごとぬかしやがって!」

「あ、アニキ! コイツ最近ここらで慈善活動とかしてる活動家ですよ! 喧嘩売ると面倒ですよ!」

「ぐうううぅ、おぼえてやがれ!」

「あ、アニキー!」

 チンピラ二人は脱兎もかくやという勢いで、言葉少なに神速の逃走でスラムの彼方へと消えていった。

 あなたは、危ないところを助けられたと、『お嬢様』に礼を言う。

「気にしなくていいわよ。これも私の仕事のようなものだから。でも、あなた、そんな身なりで子どもがこんなところ歩いちゃだめよ。ちょっとでも良い身なりってだけでちょっかいを出されるところなんだから、ここは。城下から来たの?」

 あなたは、自身もいまいち理解出来ていないが、自分の現在の事情を語ろうとした。

「うむ、我が手足よ。存分に俺とお前のことを説明してやれ。俺が許す」

 確かに手足となって動いているが、マントに尊大にされる謂れはないと、あなたはマントについた三白眼を攻撃しておいた。

 そんなあなたとマントのやり取りを見ていた女性は、目をカッと見開いて、マントに飛びついた。


「はあああああぁぁあ!? ちょ、ま、い、インテリジェンスマント!? あなた、これ…………私に売って!?」


 さっきから、この世は、人の話を聞かずに自分のことばかりのヤツが多すぎる……。

 あなたは、(恐らく身体的には)幼い身の上で、世のダメさを儚むのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る