貴方の花を落とした日

@ayanamiandasuka

椿の花を落とした日

「結婚…し、よ」

二人が休みを取れる、夏の一番始めの日曜日。

そう言われた時、本当に嬉しかった。

やっと、やっと私にも幸せの時が訪れたのだと、心から嬉しくて、彼に抱きついて泣いた。

彼を見る度々に泣いてしまって、でも彼は目の前で泣く、そんな私をずっと見守ってくれていた。

「やっと、私にも、私にもダンナさんが出来るんだ…」

一人、彼の目の前で呟いた。

ドアの横に座る彼は、そんな私をずっと見守ってくれていた。



「あれ、柳?久しぶりじゃない?!」

その次の日、私は街中で、高校生時代の友達の梅に会った。

「あ、桜。久しぶり、元気してた?」

「てか、ウチら最近連絡してなくね?!てかアンタ大丈夫そ?!元気してる?!」

「私?見るからに元気でしょう?」

「本当に?なんかあった?」

「そう、昨日、彼が結婚をしようって、言ってくれたの。

でね、私に結婚式場を選ばせてくれたんだよ。」

「そっ、か……ごめん、時間だわ。じゃね!」

梅は、何か怖いものをみたような顔で私から離れていった。

彼女は昔から、好奇心旺盛で色々な物に興味を持っていたから、今度はオカルトかマルチ商法にでもハマったのだろうな。

そう思いながら、綺麗なお洋服と、彼に似合うジーンズとパーカーを買った。ついでに結婚情報紙を買って、まだ見えない彼の部屋の目の前に置いた。

今日は彼が最近家事をやらなかった埋め合わせ当番なのに、部屋から出てきてない。

今日だけではない。ここ最近、ずうっとだ。

呼び掛けても答えてくれない。

昨日、ズル、ドサ、って、何か壁とドアに擦り付けられたような音がしたけど、呼び掛けても答えてくれなかった。





そのまま、一夜が明けた。




「ねぇ、一緒に雑誌のドレス見よう?」

次の日も、



「あ、そういえばアイス買ってきたよ。ねぇ、食べようよ。」

その次の日も、



「もしかして、私の事嫌になった?」

そのまた次の日も、



「マリッジブルー、って奴、なのかな…ねぇ、」

今日も彼は答えてくれない。



「ねぇ」

今日は日曜日だよ?ねぇ、貴方がいないと寂しいの。

そうやって、何回も何回も呼び掛ける。

けど、彼は答えてくれないし、答える気はないみたいだ。

最近は家事を埋め合わせする日が続いてた日だから、部屋の中は少し淀んだ空気が溜まってる。

その空気は、彼の部屋が一番おもだるい感じがする。

「仕方がない、か。」

彼の部屋を開けてみよう。

そう思って、彼の部屋のノブに手をかける。

思いきって押してみると、がががが、と言う音と共にドアが開いた。

「失礼、しまぁす。」

小声で呟いてみる。意味はない。

一足踏み出すと、足元にヌチャ、と粘っこい物がつく。

最悪。こんな所でしてたの?

「ちょっとも~、やめてよぉ」

足を床に擦り付けて、液を跨ぐと、今度は軟らかい物に当たる。

暗い部屋ではわからないが、クッションだろう。

少し濡れてるし、なんか人の腕と同じくらいの太さで、抱き心地よさそう。

「ねぇ、椿くん?」

ドアの裏を見ると、寝たように転がる椿くん。

あの液体に囲まれて、死んだように眠ってる。

「あはは、椿くん、汚いなぁ。」

椿くんの細い首に触れる。

彼の首は、多分今でも真っ白いんだろうな。

そう思いながら、うなじから喉仏まで、一直線に手刀を走らせる。

なんか、暖かい鶏肉をさわってるみたいな感じ。皮膚、あるよね。

「…え、」

椿くんの首から、ぼりゅ、という手の骨を鳴らしたような音がする。

それと共に、ドア方向を見ていた首が180度ぐるんとこちらを向いた。

「椿、く、」

××××××。

そうだった。



「私は、椿くんを、」

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