初陣

誠は考える。無駄死にしない方法を。

まず、自分に便利な能力は存在しない。そんなものがあったとしても、使い方が分からない。知らないなら、持っていないと仮定した方がいい。

ならば周囲の環境を利用するしかない。

日暮れ時なのかは分からないが、薄暗く視界の悪い森。

その森を歩くことで慣れてきた夜目。

あちらには明かりみたいなものがあるから、暗い中であれば確実にこちらにアドバンテージがある…と信じる。

あとは、この森の植物、虫、鳥。

虫の習性が元々居た世界と同じならば、恐らく勝手に武装集団の方に集まっていく。妙にうるさいハエと、カマがデカすぎるカマキリ。

まぁこの森に入っている以上、それらに対しての知識がないとは考えにくい。

しかも、これまで僕に危害を加えてこなかったことを考えると、おそらく自分たちから襲いかかるような虫では無いのだろう。なら虫は当てにならない。

まあ、何かしら良い状況が重なれば、あるいは頼れるかもしれないが。

鳥は巣に帰っているだろうから、あとは植物。

ちょうど近くにあった根っこが足のような木を見ながら、つい呟いてしまう。


「これが動いたらなぁ。」


「これが動いたらなぁ。」


びっくりしてバックステップを踏む。なんだ、今のは。声が返ってきた。どうやら、根が足のようになっている木は、歩くのではなく聞こえた言葉をオウム返しにするらしい。少女の掠れた声が少し遠くにいたこちらにも聞こえたのは、この木が声を跳ね返していたからだったのか。


(これは使える。)


そう誠は思い、近くにある足が根の形をした木の位置を特定しようとするが、


「たはおうよえはいきすんをちそ!」


また男の声がして、少女の掠れた声が聞こえる。

のんびりしていたら間に合わない。

やるしかない。今思いついた苦肉の策を。一か八かでも。

力いっぱい、人生で一番声を張ったんじゃないかと言うくらいに、ありったけの声で叫ぶ。


「アァップルパイはぁーっ!おいっしいっぞー!」


暗闇の森の中に、そんな間抜けなセリフが轟いた。


「「「「アァップルパイはぁーっ!おいっしいっぞー!」」」」


周囲の足のような根をした木が、片っ端からそう叫ぶ。森の木々の大合唱。その声に驚いた鳥たちが飛び起きて、バサバサと飛び去っていく。そして、引き続き誠は叫ぶ。


「とってもたのしいゆうえんちっー!」


「「「「とってもたのしいゆうえんちっー!」」」」


そんな感じの、特に意味もないことを叫びながら誠は木々の闇の中で、武装集団の周囲を走り続ける。


暗闇を恐れないことはないと、誠は考える。

どんな時でも、どんな者でも、周囲の何があるか分からない暗闇という空間は、怖いものなのだと。

だったら、あの武装集団の中にも暗いところが怖がる奴がいるかもしれない。

何があるか分からない暗闇に、緊張している奴がいる可能性はまあまあ高い。

そして、この世界の言語ではない自分の言葉は、彼らにとっては不気味そのものだろう。

もし、恐怖の暗闇から、大きくて不気味な言葉が何重にも四方から聞こえたなら?


大きな声が轟き続けて、武装集団の中の数人がビクつき始めるのが確認できる。

勝った。誠は確信する。


「う、うゆぢいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」


武装集団の中の一人が大声を上げて、剣を振り回し始める。

その叫びも

その騒ぎが、周りのビクつく奴らに伝播していく。

あっという間に、武装集団の一部はパニックに陥った。

その中に、剣をやみくもに振り回しすぎて味方に当たりそうになる者が出てくる。

ここは森の中。ただでさえ木々のせいで狭いのだ。

そうして、斬られそうになった者がふらついてコケる。

それもまた連鎖する。

さて、彼らのコケた先には何がいるのか。

虫だ。明かりに集まってきた虫たちだ。

周囲の虫のそのほとんどが、今や武装集団の近くにいる。

突然コケた武装集団の武具や持ち物が虫に当たる。コケた拍子に自分から虫に触ってしまう。

攻撃を受けたと勘違いした虫たちは、自衛をしないわけには行かなくなる。

スパッと、コケた武装集団のうちの一人の首が、宙を舞った。

カマでっかちのカマキリだ。

走りながらその首を見て、誠は気持ち悪くなってくる。

スプラッタ映画で見たことはあったが、実際に見ると大違いだ。

首の筋が飛び出ている。骨が飛び出ている。肉や血が飛び散っていく。

宙を舞っていた頭は地面に落ち、体と共に地面に赤い水たまりを作っていく。

吐きそうになるのを抑えながら、誠は闇の中に潜伏し続ける。場所を特定されないように走り回りながら。

仲間の死を目撃した数人の冷静な武装者も、パニックに陥り始めて、一人、また一人と死んでいく。森の一部が地獄と化していく。

臓物が飛び出し、肉が潰れ、上半身と下半身が泣き別れた者もいる。

そんな血染めの宴は、武装集団全体に拡がって、とうとうリーダー格の男が少女を離して残された仲間をなだめにかかろうとする。

今だ。

暗闇から、勇気とともに勢いよく飛び出る。少女を抱えて、また闇に逃れようとして、


「っ!」


リーダー格の男と目が合ってしまう。

素早い動きで、男が持っていた剣を抜いて、こちらの首を正確に刺そうとしてくる。


(やばっ!)


その様子を見て、反射的に肩を入れる。


ドスッ


鈍い音が響く。そして、


「ああああああああああぁぁぁ!」


かなり深く刺されたようだ。剣を抜かれた右肩から血や肉が溢れ出し、おそらく骨も見えているだろう。

それと同時に耐え難い激痛がほとばしる。

それに気を失いそうになって、何とか耐えるが動けない。足が動かない。寒い。

そして地面に倒れて、立てなくなってもがいて、男が剣を構え直すのが視界の端に見えた。


(ああ、ここで死ぬのか。)


なんとなく、そう思った。我ながら馬鹿なことをしたものだ。

誰かを庇って終わりなんて、柄でもないだろうに。

でも、もうすぐ来るであろうと予測されたその「死」が訪れることは無かった。


頭上で、スパッという音がして顔に暖かい、水のようなものが降ってくる。

ちょっと遅れて、何かが落ちる音もする。


「にあど…!」


最後に、そんな少女の可愛らしい声が聞こえて、


(生きててよかった。)


そう思って、誠は意識を失った。

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異世界に召喚されても、相変わらず僕の人生はハードモードなようです。 黒泥 @kokudei

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