その世にも奇妙な森

確かに、ここは森のはずだ。

草木は茂り、現代社会では見られない静けさがあり、聞こえてくるのは子鳥のさえずりと、虫の合唱。

だが、どうにも奇妙なのは、さえずる小鳥と、合唱する虫と、生い茂る草木の形だ。

歩き疲れて座った岩の上で、誠は一人首を傾げる。

この森の木々は、明らかに生物であっちゃいけない形をしている。ぐにゃぐにゃに歪んでいるものはまだいい。

空中に浮かんでいるもの、根っこが足のようになっているもの…

枝が伸び縮みしているものに関しては、もはや物理法則に反していないだろうか?

鳥は、なんだか邪悪なカラスという言葉がよく似合いそうな真っ黒いやつとか、よく見て見たら歯がギザギザで、木をかじろうと構えているやつだとか。

虫も、カマキリにしてはカマが人間を仕留められそうなくらいの大きさをした、どういう原理で歩けるのか分からないカマキリや、音で空気がビリビリするハエ。


頭が痛くなる。


とても信じられないが、ここは元々居た世界とは別の世界かもしれないと、誠は薄々思い始めていた。

引きこもっていた時に読んだライトノベルを思い出す。

なんだっけか、内容が薄くてよく思い出せないけど


陰キャの俺が異世界に行ってー?

わーい!ヒャッハー!


みたいな話だったか。

馬鹿馬鹿しいとやさぐれながら読んでいたが、目の前の、この現実を突きつけられるとそうも言っていられないと誠は思う。なんでああいう主人公たちはあんなに能天気でいられるのだろう。


…ああ、そういう作品の主人公達は自称神様から事情を大体説明されるのか。羨ましい。


とにかく、何かしらのコミュニケーションが取れる生物に会いたいと思い、誠は摩訶不思議な事態に焦りながらも立ち上がる。

もしここが本当に異世界なのだとしたら、言葉は通じない。

ただ、雰囲気で何となく何を言っているのか察せるかもしれない。

そうすれば、少しは話も進むだろう。

最悪、殺されるかもしれないが、それはそれでよかった。


やみくもに森を進んでいく。途中で目が覚めた湖に戻る道が分からないことに気がついた。冷静さを失っている。非常に良くない。

それで、もう進むしかなくなって、進んで、進んで。

途中で危険な生物に会わなかったのは幸運だったとしか言いようがない。

これまでの人生、自分の不運さを幾度となく呪ったが、ここまで上手くいくのは初めてだ。

そうして、何時間歩いたのだろうか。日が暮れているかどうかすら森の中では定かではないが、少し辺りが暗くなってきたなと思ったとき。

虫の合唱や子鳥のさえずりに交じって、森という空間から浮いた声が聞こえた。

意味のわからない発音の羅列としか思えないが、確かに人の声だ。とりあえず、この森に終わりがあったことと、この世界に人がいたことを確認してほっとする。

木陰からひっそりと状況を伺うと、武装した集団に、軽装の15歳くらいに見える少女が襲われているっぽい状況を目撃する。

少女はいかにもな剣を持っているが、奇襲だったのか武装集団が実力派だったのか、取り押さえられて身動きが取れていないらしい。

その少女の頭に生えた耳と、尻に生えた尻尾に、やはりここは異世界だったのだという確信を得る。

そして、これはハズレだと、誠は足音を殺してその場から逃げ出そうとした。

コミュニケーションが取れるからと言って、あんなトラブルしか起こらないであろう現場に堂々と出ていく度胸は僕にはない。


ずっと、トラブルを避けて生きてきた。

毎日作り物の笑顔を浮かべて、明るく振舞って、誰からも好かれるように。

そして、誰とも深く関わらないように。

だから、今回も同じことだ。

しかも今回は事情もわからなければ、この世界がなんなのかも分からない。

争いに首を突っ込める状況じゃないのだ。昔、テレビで輝いていたヒーローでも、この状況でわざわざ少女を助けようとはしないだろう。

だから、関わらないようにすればいいのだ。いつものように、笑って水に流して、忘れればいいのだ。

自分に言い聞かせるようにそう考えて。


だけど、僕だって人間なのだ。


振り返ってしまった。理性はすぐに逃げろと警鐘を鳴らしていたのに、ごく自然な動きで振り返ってしまった。

目に映ったのは武装集団のリーダー格のように見える立派な鎧を着た男が、

少女の腹を思い切り殴るところ。

少女がカハッという掠れた声とともに痛々しい表情をうかべる。それを見て、武装集団は愉快そうに肩を震わす。


それは、ずるいだろ。


否応なしに思い出される過去の自分。

もうとっくに水に流したはずの光景。

クラスのリーダー格の男子に思い切り腹を殴られて、痛い痛いと苦しむ自分。それを見て笑うそいつの取り巻き。


怒りではない。憎しみでもない。何かが自分を支配していくのを誠は感じていた。体が勝手に現場に戻っていく。足が止まらない。理性がやれやれと呆れた表情を浮かべているのが少し想像できた。


(なあ、誠。もしも誰かがお前みたいに殴られていたなら、お前は助けてやれるのか?)


いじめの標的になる前に仲の良かった友達が言った心無い言葉がなぜだかフラッシュバックする。当時は言い返せなくて、その言葉にただ泣いていた。裏切られた悲しみで。

でも、今なら少しだけ言い返せる。


「助けようとは、できる。」


そう、言える。

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