異世界に召喚されても、相変わらず僕の人生はハードモードなようです。

黒泥

沈む。浮かぶ。

沈んでいく。深い水の底に沈んでいく。

やがて水面から差し込む僅かな光すら見えなくなって、辺り一面に暗闇が広がる。

そうして、初めて「死」というものがあるのだと実感する。

ああ、今から僕は死ぬのだと、逃れようのない事実が思考を埋め尽くす。

でもそれは、不思議と僕の心を暖かく包み込むような感じがして、


(まあ、死んでもいいか。)


そんなことを思う。

自分の命なんて、とっくの昔からどうでもいいものなのだ。

まるで、はるか昔に買ってもらった玩具のような、まあ、そんなものだ。

そりゃ、死にたいわけじゃないけれど。

死ぬのであれば、特に思い残すことがあるわけでもない。

このまま、誰の目にも留まらない深い深い闇の中で、ひっそりと息絶えていくのだと。

それは、とても素敵な想像に思えた。

でも、どうもそれすら、僕には許されていないらしい。

右目と左目で、見える世界が突然変わった。

右目は相変わらず、光の届かない場所を映し出し続けている。

だが、左目がおかしい。走馬灯というやつだろうか。それにしても妙だ。

だって、こんなこと僕は人生で一度も体験していない。


僕の左目と視覚を共有している何かが、野原を駆けて行く。

自由にのびのびと、なんのしがらみもなく、しがらみを追って走っていく。

現代ではまず見られない、社会の教科書に載っていそうな集落を越える。

星あかりに照らされて輝く湖を横目に、巨大な倒木を飛び越えて行く。

ただひたすらに、遠くへ、遠くへ。

そうして、鬱蒼と茂る森に入り、草を掻き分けてー

ガサガサという音と共に、視界の主は高い高い崖に辿り着く。

そこから見えるのは、輝く夜空と、途方もない存在感を放つ美しい満月。

それらの風景を背に佇む、一人の少女。

視界の主は、その少女に縋るように、なにか求めるように近づいていく。

少女の顔は、月明かりでよく見えない。口元だけが、うっすらと見えている。

その口元が、微妙に歪んだ。


「ごめんね。」


少女はそう言って、一瞬の間に消える。崖の向こうからグシャリと、音のない夜によく響く気持ちの悪い音が聞こえてー


そこで左目の、いや、いつの間にか僕のすべての感覚を支配していたその映像が終わる。


ハッとして、現実に意識を戻す。そうして、奇妙な現象に気がつく。

僕を、星野誠を包んでいた闇が徐々に薄くなっているのだ。

浮かんでいく。明るい地上へと浮かんでいく。

そうして、水面から零れる光に触れられそうになったところで、


「ぶはっ!」


バシャンという巨大な音と共に、星野誠は水の中から飛び上がった。


そして辺りを見回して、思わず声がこぼれた。


「は?」


そこは、見たこともない森だった。

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