5.先生と大和撫子②

 歳は俺と同じか少し下だろうか。スラッとしていて、身長は俺より10センチくらい低い一六〇センチといったところか。白のブラウスにジーンズというラフな格好に、薄めの化粧。肩よりやや長く伸ばした黒髪。大きな目が印象的だった。飾りすぎていないところが個人的に好感が持てる。全体的にスッキリしていて、こういうのを「透明感がある」というのだろうか。寶井さんが、

「ここの道場で僕と同じく、弓道を習っている九鬼くきひかるさんです」

 と紹介してくれた。俺も自己紹介した。光と陽光って、なんだか名前似てますね。九鬼光さんは軽く笑う。ホントですね。俺もつられて笑う。こんな偶然の符号で嬉しくなってしまうのだから、俺は単純だ。

 寶井さんは俺のことは、日本神話について聞きたいことがあったから訪ねてきた知人、と紹介してくれた。この時桃太郎のことを思い出して、周囲を見たが、いつの間にか消えていた。

「どうぞお先に。水木さんともう少し話してから行きますから。水木さんは本日は見学なんですよ」

「そうなんですか。ゆっくり見学していってください」

 九鬼さんは颯爽と道場の中に消えていった。女の子の後ろ姿を見て、品が良い、と感じたのは初めてだった。

「いい子でしょう?」

 俺は深く考えず感じたまま肯定した。

「さて、私もそろそろ行かなくては。呪いについては今すぐには分からないですね。お時間をとらせて申し訳ないですが、見学という名目でお連れした以上、少しでもいいので、見学していってくださるとありがたいのですが」

 この後も特に予定はなかったし、俺は承諾した。

 道場での稽古を、俺はぼんやりと見ていた。寶井さんも九鬼さんも綺麗な構えで矢を射る。優美な競技だな。思わず見入ってしまう。剣道や柔道が「動」の武道だとしたら、弓道は「静」の武道だと言えるだろうか。

 最初退屈するかと思ったけれど、案外早く時間が過ぎ、俺は寶井さんと九鬼さんとJR代々木駅まで一緒に歩く。九鬼さんは大学四年生でこの近くに住んでいるらしい。実家だそうだ。朗らかで人当たり良く、駅までの短い時間でも会話は弾んだ。

「へえ、卒業旅行に出雲と伊勢ですか。古代の日本史とか日本神話に興味があるんですか?」

「もともとはなかったんですけど、まあ日本人である以上、社会に出る前に行っておいた方がいいかなと」

 縁結びが目的だった、とは言わなかった。

「いいですよね。出雲大社って、やっぱり都会の神社とは何か違います? 伊勢は母親が好きなので昔行ったことあるんですが、出雲は行ったことないんです」

「人里離れているからか、神秘的な感じでした。あと、神社そのものも迫力ありましたよ。でも伊勢も活気があっていいですよね。おはらい町でしたっけ、内宮ないくうの近くのエリア。なんだか江戸時代にタイムスリップしてしまったみたいでした」

「へえ、出雲行きたいです。伊勢もまた行きたくなったな。学生は時間あるんですけど、お金がなくて。でもきっと社会人になったら、お金はできても、今度は時間がなくなるんでしょうね」

 俺は苦笑いで「まったくです」と答え、少し話題を変えた。

「何かアルバイトとかはしてるんですか?」

「近所の神社で巫女さんをやっています。変わったバイトでしょ?」

 なるほど。珍しい。でも似合っている。

 そんなことを話していたらあっという間に駅についた。

「僕はここから一駅なので、歩いて帰ります」

 別れの挨拶をしようとすると寶井さんから「何か分かりましたら連絡するので」と連絡先を聞かれたので、LINEを交換した。本音を言えば九鬼さんとも交換したかったが交換する理由が見当たらない。もう会うこともないと思うと残念である。

 それにしても、と歩きながら思った。桃太郎はいつの間にいなくなってしまったのだろう。いくら信用できる人だといっても、初対面の人間同士だけにしていなくなるのは無責任ではないか。変わった奴だが、そういうところはしっかりしていると思っていた。あるいは何か理由でもあったのだろうか。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る