19. 操縦士

わたしが何を言っても、はいはい、って言うゆたかは、もしかしたらわたしを扱う天才なのかもしれない。

自分がわがままな自覚はある。プライドが高い自覚もある。

今まで振ったことはあっても振られたことはない、つもりでいるし、恋人にはどんなときでもわたしを優先してほしい。

ゆたかとは友達の紹介で知り合った。バイト帰りにわたしの部屋に来るのが常になっている。半同棲状態だ。


「はーちゃん、髪乾かさないと風邪ひくよ」


怖い感じの見た目に反して世話焼き体質なのは、歳の離れた弟さんと妹さんがいるからだと聞いた。歳が離れているのは、ゆたかが生まれたあとセックスレスだったご両親の夜の営みが急に復活したからだと、ゆたかは笑って言う。それでも、夫婦仲がいいことは素敵なことだと思う。


「ゆたか乾かして」

「はいはい」


ゆたかがドライヤーを手にして、わたしの髪を乾かす。丁寧に梳かしてくれる。わたしの髪がいい状態で保たれているのは、ゆたかのおかげだと思う。今まで、髪を乾かすのは面倒で嫌いだったから。


「明日何食べたい?」

「作ってくれるの?」

「髪を乾かしてくれたお礼に作ってあげよう」

「それなら毎日はーちゃんの手料理が食べられるね」

「毎日は作らない」

「何だそれ」


結婚したら、ゆたかのために毎日ご飯を作るようになるのかな。今までの恋愛では結婚なんて考えたことなかったけれど、ゆたかとの結婚は意識してしまう。

それは愛情の差なのかもしれない。

友達に紹介されたとき、絶対に付き合いたいと思った。顔がかっこよかったから。それなのにしばらく友達関係でいて、その間にも好きが増していった。優しい性格を知ったから。でもわたしがどんなにアピールしてもゆたかは付き合おうとは言ってくれなくて。結果、お付き合いを始めたのは出会って三カ月後のことだった。

え、早い?わたしには長かったの。


「麻婆茄子丼食べたい」

「わかった」


麻婆茄子丼はゆたかの好きな食べ物だ。ゆたかは麻婆系を全て丼にしたがる。豆腐も、春雨も。わたしは家でゆたかとご飯を食べるようになるまで、この食べ方をしたことがなかった。まあ、各家庭の食べ方と言えばそれまでだけれど。シチューライスみたいなもの?と聞いたら、たぶんそれよりポピュラーだよと言われたけれど、どっちもどっちな気はしている。


「はい、乾いたよ」

「ありがと」


わたしの髪に当てていたドライヤーを次は自分の髪に当てて。がしがしと髪を乾かしていく様は男らしくてとてもかっこいい。

恋は人を盲目にするらしい。


「はーちゃん」


ゆたかが私の名前をゆっくりと呼ぶ。


「先にベッド行ってて。俺もすぐ行くから」


これからを想像して子宮が疼く。

ねえ、早く、わたしを抱いて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る