18. 海の香り
窓から海が見える。君を連れて行きたかった場所に、今日、やっと一緒に行くことができる。俺の隣で楽しそうに海を眺めている君を見て、俺は君との毎日が間違っていないと思えるのだ。
否、この関係性は間違いだらけなのかもしれない。
俺と出会ったとき、君には婚約者がいたこと。その婚約者に俺が少し似ていること。それでもお互いに惹かれ合ってしまったこと。そして、俺が五歳年上であること。
善悪の判断くらいできるつもりでいたし、年上である俺がブレーキをかけるべきだった。
でも、好きだと思ってしまったのだ。
「健太くん。海、綺麗だね」
「そうだな」
「健太くんはこの海を見て育ったから心が広いんだね」
「何だよ、それ」
俺は自分で心が広いなんて思ったことは一度もない。むしろ、心が狭い、余裕のない男だと思っているくらいだ。
梓が他の誰かといると思うと、大学になんて行かせたくはないし、バイトだって本当はしてほしくない。
でも、梓のご両親との約束がある。
大学はきちんと卒業する。バイトも頑張って世界を知る。
俺は俺で梓のご両親と交わした約束がある。それを梓は知らないけれど。
「海、綺麗」
もうすぐ、俺の生まれ育った港町に着く。その港町には年老いた祖父母が住んでいる。
俺には両親がいない。いない。いない、と思っている。幼い頃に父が死に、母は他に男を作って出て行った。それから俺は祖父母に育ててもらった。
それなのに、俺は港町から出て行った。祖父母を置いて。母のことを周りが悪く言っていたということもある。俺は逃げることができたけれど、祖父母はその場所から逃げることができない。俺だけ、逃げたのだ。
俺の生まれ育った町が見たいと言ったのは梓だった。
「そろそろ降りる準備して」
「はあい」
俺は帽子を深く被り直し、梓は鞄を持ち直す。
じいちゃん。ばあちゃん。もうすぐ帰ります。何の孝行もできない孫だけど、可愛いお嫁さんを連れて帰るよ。それだけは褒めてほしいです。
「行こう」
梓の手を取って、ホームに降り立つ。不意に感じた海の香りはどこか懐かしく、そして、どこか切なかった。
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