17. すこやかなるときも、やめるときも
私の宝箱の中に十年間ずっとあり続けるもの。十五歳のときに、拓斗からもらった第二ボタン。拓斗とは腐れ縁で、小学生のときから友達という感じだった。やんちゃな拓斗に泣かされたりすることもたまにはあったけれど、それでも嫌いにはなれなかった。
中学校の卒業式の数日前。友達数人と話をしていて、第二ボタンの話になった。友達の中にはお付き合いをしている人もいて、その子はその恋人にもらうとにこにこ笑っていてとても可愛かった。
私はふと、拓斗の第二ボタンを頭に思い浮かべた。小学生の頃と変わらずやんちゃで、時に先生を困らせて、でも私を含めて自分が友達だと思っている人には優しくしてくれた。拓斗の学ラン。そのボタンがしっかりとまっていることはあまりなかったように思う。
卒業式が終わり、女子生徒が男子生徒の元に駆け寄っていく。人気のある人のボタンは争奪戦だ。そして、今日、好きだという気持ちを伝える人もいるのだろう。今日は、この学校で確実に会える、最終日だ。今までの当たり前が崩れていく。それでも、また高校生になれば、新しい当たり前が作られるのだ。
「杏」
誰かに名前を呼ばれて振り返ると、そこには拓斗が立っていた。学ランのボタンはいつもと変わらずとまっていなくて、中に着ているTシャツが丸見えだった。でも今日はいつもより控えめな色、黒。
「杏、これ」
「ん?」
「杏にもらってほしいんだ」
拓斗が私の手のひらに握らせた小さなもの。
「迷惑かもしれないけど。俺には杏しか考えられなかったから」
手のひらをそっと開くと、学ランのボタンだった。
「今まで仲良くしてくれてありがとう。馬鹿な俺に勉強教えてくれたりとか、そういうのもありがとう」
「拓斗」
「これからは学校も違うし、今まで通りってわけにはいかないと思うけど、俺と仲良くしてくれたら嬉しい」
拓斗の気持ちがとても嬉しくて、私は胸がいっぱいになった。拓斗が私のことを大切な女の子だと思ってくれていること。これからも仲良くしたいと思ってくれていること。とても、とても嬉しいよ。
「おい、何で泣くんだよ」
「嬉しいから。私も、第二ボタンもらうなら拓斗だと思ってた」
拓斗の優しい手のひらが、私の頭を撫でて。今日また、スタートラインに立った。
それから十年が経って、私は二十五歳になった。中学生のときに想像していた二十五歳ってもっと大人だと思っていたけれど、毎日笑顔で過ごせている。
「杏」
純白のウエディングドレスを身に纏う私の名前を呼ぶ人。
「綺麗だよ」
十年経っても変わらず私を大切にしてくれる、優しい人。やんちゃだった性格も大人になるにつれてだんだんと直ってきて、今は社会人としてしっかり仕事をしている。
三月八日。私は拓斗のお嫁さんになる。
健やかなるときも。病めるときも。私は生涯この人と生きていくのだ。
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