16. 「わたし、幽霊」

「え、奏、わたしの姿が見えるの?」

「見えないけど、いるのはわかる」


きっとそれは、愛の力だ。

結衣は死んだ。先週の火曜日に。通夜にも葬式にも行った。身体中の水分が枯れるくらいに泣いた。人間ってこんなに泣けるんだって思うくらいに泣いた。結衣に出会ってから今までの時間をたくさん脳内で再生して、これって俺が死んだみたいじゃんって思った。そして、結衣を守れなかった自分を悔やんだ。

でも、気付いたんだ。俺の近くに常にいる気配に。

ふわりと、あたたかな、陽だまりのような。それは正しく、生前の結衣と同じだった。


「成仏できなかったみたい」

「え?」

「飲酒運転の車にばーんて撥ねられて即死、なんて、この世に悔い残りすぎて成仏できないよ」

「ああ」


塾の帰りに、結衣は飲酒運転の車に撥ねられたようだ。ようだ、としか言えないのは、俺はその日、体調が悪く、いつも一緒に通っていた塾に行けなかったからだ。もし俺がその日も一緒だったら、その車に気付けたかもしれない。それか、逆に俺が死んでいたかだ。そしたら、結衣は。


「奏、反応薄くない?わたし、幽霊だよ?」

「確実に結衣だなと思って」

「怖い?気持ち悪い?」

「結衣にそんな感情を抱くはずなくない?」

「それもそうか」


その姿に触れようと手を伸ばしても、この手に触れるものは何もない。

それでも、間近に誰かがいるのはわかる。


「結衣、これからどうするの?」

「どうもこうも、わたしが納得するまでこの世界に漂うしかないよね」

「どうしたら納得できると思う?」

「早く成仏してほしいってこと?」

「いや、成仏できないと苦しいんじゃないかと思って」


生きている俺たちは年齢を重ねることができる。俺も、結衣の家族も、共通の友達も。でも、結衣はずっと十六歳のままなのだ。自分だけ置いて行かれる絶望感。成仏できない焦燥感。絶対に、苦しいはずだ。


「苦しいのかな。でもこの先、奏のそばにずっといられると思ったら少し嬉しいかも」

「え?」

「奏が大学生になって、社会人になって、それから誰かと結婚して、って、おじさんになっていくのを見守れるから」

「結衣はそれでいいの?」

「ん?」

「俺が誰かと、なんて」

「だって仕方ないじゃない。わたし、幽霊になっちゃったんだもの」


抱き締めたいのにそれは叶わない。

空気が、震えた。

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