11. 愛恋、情

幼い頃、桜の花と梅の花の違いがわからなかった。夜の間に積もった雪と朝の霜の違いも。


「昔からタクは頭が良かったからねえ」


私の疑問に常に答え続けてくれた同い年の従兄弟は、この春、国立大学に合格した。小学生くらいまで、辞書と私しか友達がいないような、引っ込み思案の従兄弟だったけれど、今はそれなりに人間関係を築けるようになったらしい。

祖母が嬉しそうに笑っている。タクのお父さんと私のお母さんが兄妹で、祖母はその二人のお母さん。つまり、私にとっては母方の祖母だ。頭の良いタクは祖母の自慢の孫のようで、近所の人たちによくタクの話をしているみたいだ。私の家からは自転車で来ても二十分くらいなので、私もこの家によく遊びに来るけれど、近所の人たちがよくタクの話をしてくる。テストの順位だとか、生徒会に推薦された話だとか。

私ももう十八歳だ。祖母に褒められようとも思わない。でも、タクが、期待に押し潰されなきゃいいなとは思う。


「梨香、部屋行こ」


タクが私に声をかける。祖母は少し寂しそうな顔をしたけれど、タクは特に気にしていないようだ。

年頃の男女が二人で部屋にいると変な勘繰りをする人もいるだろう。でも、私たちは従兄弟同士という建前がある。実際は、従兄弟以上、恋人未満な関係性なのだけれど。

私は、何でも知っているタクが好きだった。今思えば、幼稚園に入る前から。反対にタクは、引っ込み思案な自分を常に守ってくれた私を好きだと思ってくれていたらしい。男女逆…、と思わないこともないけれど、今はそういうもの、例えば性別なんかを気にしない風潮にある。確かに私は男勝りなところがあって、同性から本命のバレンタインチョコを貰ったこともあるくらいだ。タクはタクだし、私は私。人がどう思うかなんて気にしていたら生きるのがつらくなる。


「ばあちゃん、俺が大学合格してからずっとあれ」

「嬉しいんでしょ」

「梨香だって看護大学行くじゃん」

「ばあちゃんにとって、タクは内孫で、そして自慢の孫だからね」


私の言葉に、タクは少しだけむっとした顔をした。でも、私が、タクの頬を撫でれば、すぐにそれも治まる。私たちは、触れ合うことを厭わない。


「私にとっても、タクは自慢の従兄弟だよ」

「俺は」

「ん?」

「俺は梨香が自慢の従姉妹だよ」


今まで聞いたことのなかった、タクの気持ち。好き、とは言われていたけれど、自慢だなんて一回も言ってくれたことがない。


「友達が多くて、みんなに好かれていて。梨香ってすごいなっていつも思ってた」

「そんなこと」

「看護師になるっていう夢をちゃんと持ってて、そのために努力してるのだって知ってる。俺は、まだ自分の夢が見つからない」

「タクはタクのペースで」

「今までは梨香がずっと一緒で、かっこ悪いけど梨香が俺を守ってくれるのに甘えていた。でも、これから俺は、梨香のいない環境で生きていかなければならない。正直怖いんだ」


私に触れる、タクの身体は震えていた。

今まで、タクと私はずっと一緒だった。従兄弟同士だけれど、双子のような、そんな感覚だった。でも、これからはお互いのいない環境で、お互いの人生を歩んでいかなければならなくなるだろう。従兄弟以上恋人未満の関係も、離れてしまったらきっと終わる。


「大丈夫。タクなら」

「全然大丈夫じゃない。不安でしかない」

「勉強家で、優しいタクなら大丈夫」


私には、そう言ってあげることしかできない。

いつかタクが、タクの子供に、桜の花と梅の花の違い、それから、雪と霜の違いを教える日が来るといいと思う。そのとき、私がその様子を近くで見ていられたなら、もっといい。この際、関係性は問わないから。

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