9. 猫が鳴く

外で猫が鳴く声がする。たぶん、寂しいんだと思う。そういうのがわかるようになってしまっていた。私も同じだったから。

比較的恵まれた人生だったと思う。驚くほど裕福ではなかったけれど、驚くほど貧乏でもなかった。心を許せる友達もいたし、勉強も運動もそれなりにできた。

ただ、両親の夫婦仲は冷え切っていた。


「ただいま」


玄関のドアが開いて、恋人の藤代佳寿が帰ってくる。佳寿とは、三カ月前、付き合い始めてすぐに同棲を始めた。

佳寿のお母さんはシングルマザーで、お兄さんと佳寿と育ててくれた。佳寿は、お父さんを覚えていないらしい。それゆえ、温かな家族、というものに飢えている。

母さんと兄さんと三人の家族も確かに家族だった。でも、俺は子供が安心して生きていられる家族を作りたいんだ。

佳寿は、そう言う。

その思いは私も強い。

私の家は両親がいたけれど、会話のない食事時間は怖かったから。そのせいで、この家で佳寿と二人で囲む食卓でも、早く食べてしまう癖が直らない。


「おかえりなさい」

「外寒いよ。二月なのに雪が降ってる」


この地域では、雪は滅多に降らない。二月に降るのはとても珍しいことだ。佳寿が私に伝えてくるのもわかる気がする。


「今日もお疲れ様でした」

「ありがとう」


佳寿の手のひらが私の頭に触れる。佳寿は、私に触れることを厭わない。触れることで、愛を伝えてくる。その行為で私は愛されている実感が湧く。

佳寿との暮らしはとても愛に溢れたもので、寂しさを感じることもほとんどなくなった。

明日、外で猫が鳴いても、その気持ちを読み取ることができないかもしれない。それでいい。その方がいい。

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