7. 少しだけ、欠けていても
俺は自分に自信がなかった。得意なものなんて何もなかったし、日の当たらないところに芽を出してしまった雑草のようだった。でも、芽を出す力はあったし、少しずつでも伸びる力も持っていた。それに気付かせてくれたのは、君でした。
「今日も練習きつかったね」
「本番前だからね。仕方ない」
俺は小さい頃から地元で和太鼓を教わっていた。地区の伝統として継承されていく、それ。この地区に生まれた者として、代々伝え続けていくのは当たり前だと思っていたから、自然と太鼓に触れていた。嫌だと思ったことはない。もっとも、今は個人の自由とかいう言葉もあるので、興味を持った子供だけがスタートラインに立つ。
地区の公民館で練習は行われる。土日は昼間、平日は夜。本番が近くなると毎夜になる。これも、伝統を汚さないため。
毎夜の練習は当然全員参加だ。八時半に小学生が帰り、九時に中学生。そして、十時に高校生が帰る。大人たちはもっと遅くまで練習をするときもある。それくらいに真剣なのだ。
「明日学校で絶対寝る」
「俺もそんな気がするよ」
今は十時七分。公民館を出て、幼馴染の愛莉を家まで送り届けているところだ。いくら練習が地区の公民館で行われていて、家が近いとしても、夜遅くに女の子をひとりで歩かせるわけにはいかない。これは小学生の頃から変わらない俺たち決まりごとのようなものだ。
「真登は授業中寝てても先生が大目に見てくれるからいいよね。勉強できるから?」
「でもこの間教科書で頭引っ叩かれたよ」
「そのくらいされないと目が覚めないんだよね」
帰ったら高校の課題もしなければならない。睡眠時間が確保できないことも多々ある。でもそれでも和太鼓は辞めたくなかった。
「でも、こんな毎日でも楽しいんだよね」
「わかる。充実してる」
「真登は今回、いい立ち位置だから羨ましい」
今回、俺はありがたいことに前の立ち位置で和太鼓を叩かせてもらえることになっている。
「私も頑張らなきゃ」
愛莉の家の灯りが見える。
「今日も送ってくれてありがとう。真登も家まで気を付けてね」
「うん、ありがとう。おやすみ」
「おやすみ」
繋いでいた手を、離す。
いつだっただろう。ずっと、当たり前のように隣にいた君が、世界で一番大切な人だと気付いたのは。君は俺以上に俺のことを知っていて、たくさんの幸福を自信を俺に与えてくれた。俺はこれからも、君に選ばれ続ける人でありたい。そう思う。
少しだけ欠けている月。欠けた部分があってもいいと思えるのは、君のおかげだ。
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