6. わたしの願いごと

わたしのすきなひとには、すきなひとがいる。


「え、どうしよう…」


大学の大きな図書館。レポートに必要な資料は本棚の最上段にあった。辺りを見回してみても、椅子や脚立はなかった。

この資料、みんなどうやって取っているの?そして、毎年確実に使う人がいるこの資料、図書館司書の方はどうして最上段に居場所を与えてしまったのだろう。でも、居場所がどこにもないわたしからすれば、とても羨ましい。


「取りたいのはこれ?」


精一杯背伸びをしているわたしの背後から、誰かがその資料を掻っ攫っていく。慌てて振り向けば、同じゼミの松堂光嗣だった。わたしは松堂、と呼んでいる。

同じゼミ、ということは同じレポートを提出するということだ。松堂もこの資料を探しに来たのかもしれない。


「そんな怖い顔しないでよ。奪って行ったりしないよ」

「わたしが取れなかったものを、そんな簡単に…」

「さーや、小さいからな」


わたしはどんな表情を松堂に見せていたのだろう。

わたしの頭にその資料を軽く当て置き、松堂は笑っていた。


「さーや、今日、時間ある?」

「レポート」

「うん、じゃあ、この資料一緒に使おう」


わたしが発した、レポート、の一言で、レポート以外に予定がないと勝手に解釈してくれたのだろう。松堂は図書館内の空いている席を探しているようだった。

松堂は、正直言ってモテる。クールな見た目と裏腹に情に厚いところがあって、面倒見がいい。松堂の周りには男女問わず、いつも人がいるような状態だ。同じゼミということで、わたしもその周りを囲むひとりではあるのだけれど。


「松堂は今日デートじゃないの?かわいい彼女ちゃん」

「大学生同士なんでね、課題とバイトでいつも会えるわけじゃないんですよ」


そんな人気者の松堂には、高校時代から付き合っている年下の彼女がいる。


「さーやは好きな人いないの?」

「いない」

「可愛いから、男、寄ってくるでしょ」

「この性格だよ?」

「うちの学部の首席卒業候補じゃん。かっこいいよ」


わたしの気持ちを、松堂に気付かれるわけにはいかない。わたしは今まで、勉強しかしてこなかった。恋なんて知らなかった。でも、あるとき、世界が開けた気がしたんだ。わたしの初恋。


「そんなに褒めても何も出ないからね?」

「帰りにコーヒー奢ってくれていいよ」


松堂とわたしが二人で居ても、それはデートではない。

恋愛の神様。もし居るならば、松堂と彼女ちゃんをいっぱい、いっぱい幸せにしてください。そして、少しだけ、わたしのことも幸せにしてください。そう願うのは、欲張りですか。

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