2. はる、と、

「ゆーじん」


十六歳の優迅と、そして、十五歳のわたし。わたしたちは、将来を約束された許婚だ。お互いに、まあ、それなりに大きな会社の社長を祖父に持ち、わたしがこの世に生まれ落ちる前にその結婚は決まっていた。わたしには五歳年上のねえねがいるけれど、ねえねも幼いときに祖父に結婚相手を決められている。穏やかな性格のねえねは、一昨年、嫁いだ。

優迅が振り返って、わたしを瞳に映すと、その目を細めて笑った。優迅は、わたしにとても優しい。


「陽」


優迅は、わたしのことを、はる、と呼ぶ。わたしの名前は陽優、と書いて、はるゆ、だ。優迅と同じ漢字が使われている。だからこそ、ゆ、まで呼んでほしいのだけれど、優迅は、わたしのことを、はる、と呼ぶ。


「今日は暖かいね」

「もうすぐ、暦の上では春だから」

「桜が咲くのが楽しみ」

「高校生になるから?」

「それもあるけど」


次の季節に、わたしはやっと高校生になる。優迅とは別の学校だけれど、学校の距離は意外と近くにある。放課後にデートができたりするのかもしれない。

優迅はわたしが春を楽しみにしている理由を少し考えたようだったけれど、すぐに、ああ、と言った。


「お姉さんに赤ちゃんが生まれるんだったね」


身体の細いねえねのお腹は、既に不釣り合いなくらいに大きい。これからもっと大きくなると思うと、ねえねの身体が心配になるのだけれど、新しい命の誕生は神秘的で、純粋に嬉しく思っている。


「楽しみだね」

「たくさん遊んであげるの」

「俺も仲良しになれるといいな」


生まれてくるねえねの赤ちゃんにとって、わたしたちは叔父と叔母になる。でも、兄弟と言っても変ではない年齢差だ。わたしに優しい優迅だから、きっとその子にも優しく接してくれるのだろう。


「そろそろ部屋に戻ろう」

「はあい」


優迅のおじいさまの住む、大きなおうちの大きなお庭。おじいさまはわたしのこともとても可愛がってくれる。ご挨拶をするのは毎回とても緊張するけれど、目を細めて笑うのは、優迅と同じだ。

優迅がわたしの手を握る。

わたしたちは、手を繋ぐことでお互いの熱を知っている。その先には、まだ進んでいないけれど、わたしは優迅の手のひらが、とても大きくて、とてもあたたかいことを知っている。

数年後にはわたしも優迅の赤ちゃんをお腹に宿すことになるだろう。その日が、待ち遠しい。

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