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※※※微ホラーです。ご注意を※※※
「ふっふっふ。このいわくつきのキャメラで君を撮ってあげよう」
「いや、結構です。やめてください。パワハラです」
「綺麗に撮ってあげるから安心してよ。さあ、そのシャツをはだけて、このヒマワリを咥えなさい。ボタンは3つめまで開けようか? そうだね、事後って感じを出してよ」
先輩は背が低いので、こちらを見上げるような体勢で、どこから摘んできたのか小さなヒマワリを差し出してきた。先輩はショートボブで、前髪は無造作にピンで留めているので、その大きな瞳とまともに目があってしまい、慌てて逸らす。控えめに言って、顔が好みすぎるので照れてしまう。
「嫌です。パワハラの上にセクハラじゃないですか」
「いいねぇ、その照れた感じ、いいよぉ」
なんなんだこのお調子者は。と思いつつ、こうして構われるのは嫌いじゃない。というか、大好きだ。可愛いよ先輩。ショートボブの天使。今日もいい香りですね。毎晩本当に、ごちそうさまです。
満更でもない自分の様子を察してか、先輩は笑顔のまま向かい合わせに椅子を移動して、首にかけたカメラを両手で持ち上げた。
「このカメラの『いわく』のこと、教えてあげようか?」
教えてあげようか。この一言だけ耳触りが良くて、つい「はい」と答えてしまう。カメラのいわくなんて、ミリも興味はなかった。
「このカメラ、叔母さんのお下がりなんだけど、こんなことがあったらしくてさ……」
夕方といってもまだクソ暑い真夏の部室、声をひそめて微笑む先輩はさっきまでの調子に乗った様子と雰囲気が変わっていて、少しだけ薄ら寒さを感じた。
道路標識でビックリマークのやつがあるの知ってる?
あれって、特に理由もないけれど、なぜか事故が多い場所にあったりするらしいんだけど、結構レアなんだって。
叔母さんが彼氏とドライブしてた時にその標識を見つけてね。その場所っていうのが、山の高いとこにある道路でね。車通りなんてほとんどないし、木も低いのしか生えてなくて、見通しもいいし、事故が多発する場所になんて見えなかったんだって。
それで、叔母さんの彼氏もちょっと変わった男で、レアな標識の前で記念写真を撮ろうってなったんだけどさ。
そのビックリマークの標識の下で突っ立ってるだけの彼氏の写真が、なぜか撮れなかったんだって。明るさも、距離も適当にあるのに、なぜかピントが合わなくてシャッターが下りなかったみたい。
でねこのカメラ、シャッターボタンを半押しにすると、顔認証してピントが合わせられるんだけど、おばさんもしっかり撮ろうと思ってボタンを半押しにしたら……
彼氏の周りにその顔認証フレームがバババって10個ぐらい出て、やっとシャッターが下りたんだって。
「……で、どんな写真が撮れてたんですか?」
「わかんない」
「なんで?」
「カメラのSDカードに入ってるらしいんだけど、昨日このカメラもらったばかりで……一緒に見ない?」
「おばさんに教えてもらえなかったんですか?」
先輩は急に真顔になって、こっちをじっと見ている。さっきまで楽しそうに怪談を話していた彼女とはまるで別人のようだ。
「見ようよ」
そういって立ち上がり、肩を寄せてきた。彼女の髪が頬に当たる。甘い匂い。視線を落とすと、汗ばんだ胸の谷間が見えた。これは、誘っているんだろうか? 早くなった鼓動が伝わらないように、精一杯冷静なフリをして、二人でカメラの小さな液晶画面を覗き込む。
そこには、かろうじて風景写真と認識できる程度の、ピントのボケた画像が写っていたと思った瞬間、首筋に熱を感じた。
「せんぱい?」
彼女の唇が、自分の首筋に添えられていた。
そして、強烈な痛みが走る。同時に、脇腹、背中、足の指先、ふくらはぎ、二の腕、鼻先、確認できないほど身体中を同じ痛みが襲う。
何が起きたかわからないが、似たような痛みを過去に受けたことを思い出す。これは昔、犬に噛まれた時の感じに似ていた。
彼女の歯が首の皮膚を突き破り、肉を噛みちぎる。自分は今、身体中をたくさんの口で食べられている。そして、意識は薄れずに激しい痛みだけが続く。
ああ、早く死んでしまえればいいのに。今はそれしか考えることができない。
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