4-2 マンジェロはペルと同じく
マンジェロはペルと同じく魔術師組合の雑用係として雇われている男だった。地方の魔術学校で学んだのち、大きな街でひと旗揚げようと二年ほど前にラクスフェルドへ出てきたらしい。しかし魔術師としては凡庸で、しばらくは魔術スクロールを作成して売りさばいたり、傭兵組合で簡単な仕事を請け負って食いつないでいた。ゴックの魔術師組合で手伝いをするようになったのは、半年ほど前から。正直なところペルもデイモンも、マンジェロに関しては見た目どおり軽薄で、大それたことなどできない男という印象しかなかった。
ラクスフェルド市街の中心から外れた住宅街。その一角にマンジェロは住んでいた。小さな雑貨店の二階にある空き部屋を間借りしているのだ。デイモンとペルは暗くなる前にそこを訪れたが、扉を叩いても返事がない。留守のようだ。デイモンが雑貨店の店主に魔術師組合の者だと名乗り、事情を話すと、相手はすぐ部屋の合鍵を貸してくれた。ただし、マンジェロはここ数日のあいだ部屋に帰った様子がないとのこと。
デイモンとペルはさっそくマンジェロの部屋を検めることにした。借りた鍵で扉を開け、なかに踏み入る。
「うはあ、散らかってるなあ」
脱いだままの衣服や、汚れた食器が散乱する室内を見てペルが言う。
「まあ独り身の男の部屋などこんなものだ」
とデイモン。
マンジェロの行方を知る手がかりか、横領の証拠はないかと、しばらくふたりで家捜しした。が、これといったものは出てこない。唯一見つかったのは、金属製の小さなメダルだ。貨幣のようだが、オーリア王国で流通しているものとは異なっていた。表と裏に、悪魔の顔を模した刻印がある。デイモンは鉛でできた薄く丸いそれを指でつまみ、ひっくり返したりしてまじまじと眺めたあと、おそらくこれは代用貨幣だろうと言った。賭博場などでおカネの代わりに使われるものだ。
決定的ではないものの、わずかながら糸口は摑めた。デイモンは手がかりとなるメダルを着ている服の懐へしまった。
「マンジェロのやつ、賭場なんぞに出入りしていたとはな」
「賭け事ですか……まさか、それで借金でもして組合のおカネに手を出したんじゃ」
「本人に聞いてみないことにはわからんが、おそらくそういったところだろう」
ペルはなんだか気が滅入った。たしかに、マンジェロなら金庫の鍵をこっそり持ち出し、施錠の呪文を解除して組合費を盗むことができる。解錠の呪文が成功するのは自分よりレベルの低い者が施した場合に限るため、おそらくペルが施錠したときを狙ったのだろう。
自分の身近にいる人が、そんなことをするなんて。しゅんとなったペルはデイモンから顔を背けて、ふと出入口のほうを見る。すると、部屋の外と繋がる扉が少しだけ開いており、そこに誰かがいた。
ペルは扉の隙間からこちらを窺っている人影からさっと目を逸らせると、自然を装って傍らにいるデイモンの腕をつついた。デイモンもすぐに気づいたようだ。彼が誰何すると、人影はあわてて逃げた。デイモンが身をひるがえしてそれを追う。ひと呼吸遅れて、ペルも彼につづいた。
ふたりはマンジェロの家の出入口とつながる階段を駆け下り、通りへ出る。住宅街の暮れた通りに人の姿はまばらだった。
「おい待て、とまれ!」
走りながら、デイモンが先をゆくあやしい人物へ呼びかける。その大声を聞きつけ、丸石を敷いた通りで追いかけっこする三人へ、なにごとかと目を向ける者もいた。フードのついた派手な色彩の長衣──服装と所作からして、逃げている相手は女だ。しかし人生の盛りをとっくに過ぎている年齢のデイモンは、追いつけない。そのうち入り組んだ住宅街の隘路に逃げ込まれ、見失ってしまった。
「くそう、逃がしたか」
誰かの家の外壁に手をつき、道端で腰を曲げたデイモンは苦しそうに息を喘がせている。ようやく彼に追いついたペルも自分の魔術杖にすがり、立っているのがやっとだ。
「こ、これからどうします?」
呼吸を整えながら、ペルがデイモンに訊いた。
「今日はもう遅い、おまえは寄宿舎に帰るがいい。わしはこのあと、さっきのメダルのことを調べてみよう」
「ステラさん、どうなっちゃうんです……?」
「心配するな。現在の状況からして、横領の犯人はマンジェロである線が濃厚だ。ゴック殿に報告して、明日にでも身柄が自由になるよう手を回してもらう」
デイモンの言葉にペルはいくらかほっとして、その日は言われたとおり翰林院の寮に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます