第四章
4-1 がちゃりと音を立てて、
がちゃりと音を立てて、ステラの両手首に金属製の手枷がはめられた。
「ほら、きりきり歩け」
憲兵がお決まりの台詞を口にして、自由を奪われたステラの背を乱暴に突きとばす。いま魔術師組合の本部内にはステラと複数の憲兵、ほかにゴックとデイモンの姿もあった。
「な、なんで、なんでこうなるのよ!」
憲兵に連行されるステラは組合本部の戸口にしがみつくと、噛みつかんばかりの勢いで言った。
「あたしがそんなことするわけないでしょうが!」
「ゴック殿──」
この場の責任者であるらしい憲兵隊のひとりがため息をつき、魔術師組合の長を務めるゴックをちらりと見やる。
「ステラよ、観念せい。おとなしく罪を認めて償ってきたならば、わしらはまたおまえをあたたかく迎えるぞ」
と諭すようにゴック。
「ちっがーう! ほんとにやってないんだってば、あたしは!」
しかしステラの言葉を真に受ける者はいなかった。しまいに彼女は憲兵たちによって、体ごと荷物のように抱えあげられてしまう。
騒動を知って集まってきた農夫たちが見守るなか、ぎゃあぎゃあ喚くステラが外に連れ出される。ちょうどそのときペルが魔術師組合へとやってきた。王立翰林院で魔術を学んでいる彼は、いつも魔術学科の授業が終わってから、雑用係として組合の仕事を手伝いにきているのだ。
「ステラさん!?」
しょっぴかれるステラを見て仰天するペル。
「あっ、ペル! ちょっとあんた、助けなさいよ!」
ステラは差し迫った表情で無茶なことを言うが、当然ながらペルにはどうすることもできない。ステラへ近づこうとしたペルは憲兵に手荒く制され、彼はそのままあんぐりと口を開けて、野次馬といっしょに成りゆきを見守るばかりである。
まもなくステラが召し捕られるという見世物が終わると、無関係の者たちは三三五五に去ってゆく。ペルは魔術師組合の本部へと駆け込んだ。息せき切って現れた彼に気づき、ゴックが声をかける。
「おお、ペルか」
「い、いったいなにごとですかこれは」
「うむ。実はな、うちの組合費が横領されていたのだ」
渋い表情でゴックが言う。
「え、じゃあまさか、ステラさんがその犯人?」
「カネの管理をしていたのはあいつだからな、まずまちがいあるまい」
「そんな……被害額はどのくらいなんですか」
「およそ一〇〇〇万オリオンだな。ステラが帳簿の記録をなまけていたから正確にはわからんが、試算した月々の収入の合計と、いま金庫に残っている分にはそれくらいの差がある」
「いっせんまんおりおん!」
あまりの額にペルの声は裏返った。それだけあれば数年間は贅沢に遊んで暮らせる。
「いやしかし、本人は否定しておったぞ」
口を挟んだのは自警団のデイモンだ。
「ペル、おまえも雑用係とはいえ、組合の内情はいくらか知っているのだろう。なにか心当たりはないか」
デイモンに問われ、しばしペルは考え込む。そして、
「組合費は、毎月ぼくとマンジェロさんとで組合員の人から集金をして、本部の金庫へ入れておくんですよ。金額を集計して管理するのは、たしかにステラさんの仕事だったけど……」
「その金庫というのは? ここにはないようだが」
デイモンは魔術師組合の金庫の場所を知らない。それは組合本部の地下室にあった。三人が地下室へ降りると、そこは永続炎の呪文で作られた照明が常時灯っている小さな部屋だった。戸棚が何台も並んでおり、魔術用具マニアのステラが趣味で溜め込んだ品々の倉庫となっている。金庫はその地下室のいちばん奥、戸棚の陰に隠すようにして置いてあった。金属製の頑丈な箱で、ひと抱えもある大きさだ。これを盗むとなれば、重量からしてひとりやふたりでは無理に思えた。
「金庫の鍵はわしとステラしか持ってない」
ゴックは紐で結んでいつも首から提げている鍵を取り出し、ふたりに見せた。
「ステラさんの鍵は、よくそのへんに出しっぱなしなときがあったなあ」
とペル。とことんだらしないステラである。
デイモンは金庫の前でしゃがみ込むと、持ちあげ式の蓋に手をかけた。上に引っ張るが、開かない。しっかり鍵がかかっているようだ。
「この金庫のことを知っている者はどれくらいいるんだ?」
「えっと、ぼくとステラさん、それからゴックさんとマンジェロさんですね。でも錠前と呪文で二重に施錠してあるから、ふつうの人には開けられませんよ」
ペルの証言を聞いたデイモンは顎に手をやった。
「ならば犯人は絞られてくるな。ゴック殿とペルは除外するとして、ステラでもないとすれば──」
「マンジェロか。そういえば、最近あいつの姿を見んな」
ゴックはそんな重要なことをいまさら思い出したようだ。素行が悪いせいか、問答無用で疑われたステラは、まさに不憫といえよう。
デイモンがあきれ顔で鼻を鳴らした。
「行方を捜して、話を聞いたほうがよいのではないか」
「マンジェロさんの家なら、ぼく知ってますよ」
ペルが言うとデイモンは腰をあげた。
「もうじき日が落ちる。急ごう」
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