第三章
3-1 琥珀の小片、火吹き山の溶岩塊
琥珀の小片、火吹き山の溶岩塊、合法な毒マッシュルーム、加工済みのヒヒイロカネ、久遠の光油、北虫草、デスクロウの手、ヘイズルーンの蜜酒、インテグラル樹の根っこ、一夜草の実、反魂香、蓬莱の玉の枝、死体花の種、つちのこの極上肉、鮮血湾の海泥、ラピス晶石、肩胛骨の欠片──
魔術用具専門店で大量の品物を購入したペルは、店のカウンターで買い忘れがないか念入りに調べた。ステラから頼まれた買い物なので、まちがいがあればなにを言われるかわかったものではない。
手にする紙切れをじっと睨み、そこに書かれた品目と山積みになった調達品を、ひとつひとつ照らし合わせてゆく。どうやら漏れはないようだ。安心したペルはステラから預かったおカネで支払いを済ませ、品物を持参してきた背嚢へと詰め込んだ。ふくらんだそれを、よっこらせと背負う。量が量だけに、かなり重い。
「はい、毎度あり。ステラちゃんによろしくね」
おぼつかない足取りをしたペルの後ろ姿に、小柄な男性ノームの店主が物憂げに言った。
ここはラクスフェルドに住む魔術師であれば、知らぬ者はいないという評判の店である。驚安の殿堂としても有名で、営業中は客足の途絶えることがない。人気の要因は豊富な品揃え。稀少なものから日常的に使われるものまで、ここへくれば魔術に関する品がなんでも入手できてしまう。あまりに多くの商品が可能な限り圧縮陳列されているおかげで、店内はひどく手狭だ。大荷物を背負ったペルはそこで客たちの間を縫い、苦労しつつ通路を歩いた。そうして、ようやく出入口までたどり着いて扉に手をのばしかけたとき、木製のそれが勝手に開いた。なんらかの魔術を用いた自動扉というわけではない。単に外からきた買い物客が開けたのだ。
「あれ、ペルくん?」
「あ、レナ」
いま店の戸口に現れた人物は、ペルの知った顔だった。彼と同じく、王立翰林院で修練生が着るローブを身にまとった少女。ペルの同級生である。しかし彼女のローブはふつうの修練生用とはだいぶ異なっていた。裾をばっさりと切り落とし、超ミニスカローブに改造してあるのだ。白と黒のダイヤモンドチェック柄をしたニーソックスと、ぎりぎりの裾の間に見える絶対領域がまぶしい。
不意の遭遇で互いにお見合い状態となっていると、ペルにレナと呼ばれた少女のほうが微笑を浮かべて道を空けた。彼女が横に動くと、肩までのびたボリュームのあるオレンジの髪が、ふわりと揺れた。
「わあ、すごい買い物」
自分の前を通り過ぎるペルの荷物を見て、レナが言う。
「お使いだよ。ぼくのじゃないんだ」
「あ、死体花の種だ。復活の儀式用かな」
「へえ、そうなんだ」
ペルは首を曲げて、背負った背嚢の口から顔をのぞかせている種の瓶詰を見た。レナは魔術学科の学級委員長を任されており、成績が優秀だ。ゆえに魔術の知識はペルよりも深い。加えて彼女は品行方正ながら真面目すぎというわけでもなく、誰とでもすぐに打ち解けてしまう明るい性格だった。まさに魔術学科のアイドル的存在である。
「そういえばペルくん、前に魔術師組合のお手伝いをしてるって言ってたね」
とレナ。
「うん。雑用係だけどね。だからこういうのも仕事のうちってわけ」
「ふふ、たいへんそう」
「まあね。実は、組合にすごいわがままな人がいてさあ、もうまいっちゃうよ」
愚痴りはじめたペルにレナは苦笑する。とそこへ──
「ペルー、買い物終わったの?」
噂をすれば、である。商店街の通りで立ち話をするふたりへ、やや遠くから声をかけてきたのはステラだった。
ステラもペルといっしょにラクスフェルドの商店街を訪れたのだが、彼とは別行動をとっていた。先日あった大なめくじ騒動のときにローブが一着だめになったので、新しいのを買いにきたのである。なんでも特別製のローブなため、専門の洋品店でないと扱っていないそうだ。太ももやら横乳やらが放り出されるあの露出過多のデザインならば、それも納得といえよう。
「リストにあったものは全部買っておきましたよ。そっちは?」
ふたりと合流したステラへペルが訊いた。
「あたしは先に発注してあったから、受け取るだけ」
ステラは自分の雑嚢をぽんと叩いてそう言った。そして、ペルの傍らにいるレナを見やり、
「その子は? あんたの友だち?」
ペルが紹介するより先にレナが口を開いた。
「はい。レナといいます。ペルくんの同級生です。もしかして、魔術師組合の方ですか」
「そうよ。あたしはステラ、よろしくね。へえ、ペルと同じ翰林院の修練生か。勉強、がんばってね」
「ありがとうございます。わ、ステラさんのローブ、すてき!」
レナがぐっと身を乗り出して、ステラの着ているローブに見入った。やはり女の子だけに、身を飾るおしゃれには興味があるのだろう。しかしさすがにステラの公序良俗に反しそうなローブはどうかと思うが。
「あら、レナちゃんのローブもかわいいわよ。あ~、あたしもあと五年若かったらなあ」
「えー、そんなことないですよ。わたしもはやくステラさんみたいに、セクシー系のローブが似合うようになりたいな」
「もー、この子ったらー」
「うふふ」
女性どうしの会話に背中をむずむずさせながら、ペルは疎外感をおぼえた。しばらく髪型がああだこうだとか、肌のつやがどうのこうのという社交辞令の応酬がつづき、ようやくそれが終わるとステラが自分の魔術杖でペルをつついた。
「ほら、いくわよペル」
「はいはい」
その場を去るふたりへ、レナが後ろから声をかける。
「またね、ペルくん」
ペルは体を回して後ろ向きに歩きながら、レナに手を振って応えた。
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