第6話

「今回の任務の流れを説明するよ。まずアナベルがナグシャムに行って、『ウシブタまんじゅう』を買ってくる。ミグランス城のみんなで分けて食べられるぐらいにいっぱい」

「……たしかに、城のみんなに行き渡るには充分な量だったわね。店主の方が大変そうだったわ」

「おかげで荷物持ちの我らも大変な思いをしましたよ!」

アナベルがうなずき、アナベルに同行していた兵士も声を上げる。アルドもひとつ頷いて続けた。


「そして、同じようなタイミングでディアドラがこの団子屋に行って、『みたらしだんご』を買う。こっちも、ミグランス城のみんなで分けて食べられるぐらいにいっぱい」

「たしかにすごい量だったな。だから先ほどのモンスターを呼び寄せてしまうアクシデントが発生したわけだが」

「うん、それはこっちもさすがに想定外だったよ……お店の人に迷惑もかかるし、もうこの方法は使わないようにする」

反省し、しゅんとうなだれるアルドに、二人も毒気が抜かれたようにため息をついた。示し合わせたみたいに同じタイミングで。


「……で? その、ウシブタまんじゅうとみたらしだんごを手に入れたわたしたちを合流させて、王は一体なにをさせたかったの?」

「そうだ。今の話を聞いた限りだと、アナベルが合流すべき部隊とは私たちのことだよな? 私は特に指示を受けていないが……アルドがその後にすべきことを知っている、ということだよな?」

「ああ。……でも、具体的に何をしろ、って指示があるわけじゃないんだ」

「?」

アルドのその言葉に、きょとん、という顔をした。やっぱり二人同時に。二人のそんな様子に少し吹き出しそうになりながら、アルドはとうとうこの「王命」のネタばらしをする。


「『二人が合流したら、その後アナベル隊・ディアドラ隊ともに半日間の休暇。ゆっくり羽を伸ばしてから帰ってくるように、そして城のみんなへのお土産を忘れないように』——が、王様の命令だよ」

「……は?」

「……なんですって……?」


鳩が豆鉄砲を食ったような表情の二人は、アルドの今の言葉が認識できないとでもいうように、見事に固まってしまった。

「別にここでゆっくりしてってもいいし、ナグシャムに遊びに行くっていうのもアリじゃないかな。他にも、東方には温泉もあるし、イザナも観光するにはいいところだし、いろいろ散策してみるのもいいよ。休暇の使い方は王様に指示されるものじゃないだろ?」

ようやくネタばらしが出来た開放感からか、にこやかに二人に説明するアルド。説明はされたものの、二人ともまだ表情には困惑の色が濃い。

一方で、二人について来ていた兵士たちは、口々に「やったあ」「オレ、ナグシャムに遊びに行こっかな!」などと言って、突然降って湧いた休暇にウキウキとしているようだ。


ようやく我に返ったらしいディアドラが、それでもまだ信じられないと言ったような表情でアルドに問いかける。

「な、なんで王は、そんなにもまわりくどい命令を私たちに……?」

「だって、アナベルもディアドラも、『休め』って言っても素直に休んでくれないからさ」

「そんな……私はともかく、早急に休養が必要なのはアナベルの方だろう?」

ディアドラのその言葉でようやく我に返ったらしきアナベルは、ディアドラのその言葉にぷるぷると頭を振って口を開いた。

「いいえ、それはディアドラの方よ。最近のあなた、見てて痛々しくなるぐらいに働きすぎよ。ほら、一昨日なんか……」

「それはねえさ……じゃなく、アナベルの方だろう。昨日だって……」

「ははは! ほら。つまりは、二人とも働きすぎってことなんだって! おとなしくここは、二人とも休んでおきなよ。それが王様からの命令なんだしさ!」

急に休みを与えられたことに対するリアクションすらそっくりで、アルドは我慢しきれず大きな声で笑い出した。言葉に詰まった二人は、気まずそうにそっぽを向いたり、頭を掻いたりしている。


「……あのー。お話、終わりました?」

おずおずと団子屋の娘が三人に話しかける。そういえば長いこと彼女の存在をほったらかして喋り続けてしまっていたことに気がつき、アルドはごめんごめん、と頭を掻いた。

「いえ。お話聞いてて思ったんですが……それでしたらお礼に、皆さんにお茶をご馳走させてくれませんか? 出来上がったみたらしだんごと、そのウシブタまんじゅうを食べながら、店の裏のベンチでゆっくりしていってください!」

「あ、それいいな。特にやりたいことがないなら、二人ともその言葉に甘えて、ここでゆっくりしていかないか?」

「え、ええ……そうしようかしら……」

「ああ……うん、そうだな……」

どこか気が抜けたような声で二人は答えた。そのまま、バツが悪そうな感じで真ん中のベンチに二人揃って腰掛ける。

「今、お団子と温めたウシブタまんじゅう、お持ちしますね!」

にこやかにそう言って、娘が店の中に消えた。それを見て、ソワソワした様子だったミグランス兵たちが、口々に上官であるディアドラやアナベルに行き先を報告しにやってくる。

「オレ、ちょっとナグシャムに行ってきますね! 日没までには戻ってきますんで、荷物ちょっとここに置いてきます!」

「え、ええ……気をつけて」

「自分ちょっと、イザナに行って来ます! それじゃあ時間になったら、この団子屋集合ってことで!」

「あ、ああ……時間厳守で戻ってくるんだぞ……」

楽しそうに行き先を言ってはほうぼうに散っていく兵士たちの姿を見送ると、アルドもひとつ伸びをする。真の目的を隠してディアドラをここに連れてくる、という目的がようやく達成されて、アルドも肩の荷がようやく降りたような清々しい気分だった。

二人が観光したい、とでも言ったら、案内役を買って出るのもいいかなと思っていたけれど、二人はどうもそういう気分ではないらしい。ならばお邪魔虫は退散すべきか——と、アルドはキョロキョロと辺りを見回した。兵士たちが置いていった、ミグランス城へのお土産であるウシブタまんじゅう入りの袋が目に留まる。

「……じゃ、オレはそうだな……合成鬼竜でひと足先に、このウシブタまんじゅうをミグランス城に運んでおこうかな」

そう言ってウシブタまんじゅうがぎっちりと詰まった荷物を抱えると、ベンチに座る二人に呼びかけた。

「じゃあそういうことだから、二人はゆっくりしていけよ! みたらしだんごの方も、出来上がったやつを運んでおいてやるから、荷物持ちの兵士たちにもよろしく言っておいてくれ!」

「なっ、アルド……!」

「ちょっと……!」

驚く二人をよそに、アルドはさっさと荷物を抱えて居なくなってしまった。二人はしばらくその場に立ちすくむが、諦めたように再びベンチにすとんと腰を下ろす。


「……まあ、王が休めと言っているなら……休まなければ命令違反になる、よな……?」

「そうね……おとなしく、ここでゆっくりしていきましょうか……」

どこか気まずい空気が流れる。そこに、娘が団子とウシブタまんじゅう、そしてお茶を運んできた。

「どうぞごゆっくり! お代わりもありますから、遠慮なくおっしゃってくださいね!」

元気にそう言って、娘はさっさと店の方に引っ込んでしまった。ミグランス城の皆へのお土産用の団子が、まだ作り終わっていないらしい。

もうとっくにアルドも兵士たちもいないこの空間に、突然の休みに困惑しきった様子の、ディアドラとアナベルだけが残された。


手持ち無沙汰な二人は、娘が持ってきたみたらし団子とウシブタまんじゅう、それにお茶をじっと見つめる。あたりに漂う甘辛いみたらしの香りと、ほこほことおいしそうな湯気を立てるウシブタまんじゅう。なみなみと注がれたあたたかいお茶。見ているだけでも、口の中に唾があふれてくるような光景。モンスターを退治した後の紅葉街道は、目にも鮮やかな紅葉に美しい青空、さらさらと流れる小川に回り続ける水車と、何も考えずにゆっくりするにはとてもいいところだ。


ミグレイナ大陸にはない目の前の光景に、二人の心の中にもじわじわと、砂時計の砂が落ちるように穏やかな気持ちが満ちていく。それなりに動いて小腹も減っていた二人は、このままじっとしていたら確実に腹が鳴って恥ずかしいことになる、と暗に察した。アナベルが控えめにディアドラの方を見やって、おずおずと提案をする。

「……せっかくだし、いただきましょうか?」

「そう……だな。せっかくだし……」

特にしめし合わせることもなく、ディアドラは団子を、アナベルはまんじゅうを手に取って、それぞれぱくりと一口。あまりの美味しさに、二人とも同時にん! と小さく唸った。もぐもぐ、ごくんと一口めを咀嚼してから一言。


「美味しい……! 皮がフワフワで、中の具がジューシーで、ひと口かじると熱々の肉汁が皮からジュワッと染み出してくるわ……!」

「ああ……このみたらしだんごも美味い。モチモチした団子の焦げ目が香ばしいところに、甘辛いたれが絡んで……」


顔を見合わせて、口々に感想を言い合う。美味しいものの力というのは実に偉大なもので、先ほどまでのぎこちなかった二人の空気は、いつのまにか緩んでしまっていた。ディアドラが口元を綻ばせ、アナベルはお茶を啜って、ほうっと満足げなため息をつく。

「ああ……このお茶も美味しいわ。これ、個人的にちょっと買っていこうかしら……」

お茶の淹れ方も後で聞いておかなきゃ、と急須を観察し始めたアナベルに、ディアドラが興奮気味にみたらし団子の皿を差し出す。

「アナベル、確か甘いもの好きだったろう? これ、多分気にいる味だぞ。こっちの団子も食べてみろ」

そんなディアドラの姿に少し目を瞬かせて、それからアナベルは少し意地悪っぽく笑って言った。

「ディアドラ……ここには私たちしかいないんだから、『姉さん』って呼んでもいいのよ?」

アナベルのその言葉に目を瞬かせて、それから少し照れ臭そうにディアドラは視線をそらす。

「え、……そ、そうだな……えっと、姉さん」

面と向かって彼女を「姉さん」と呼ぶのは、まだ少し照れくさいらしい。ふふ、とアナベルが笑うと、それにつられてディアドラも恥ずかしそうにくすくすと笑う。


ミグランス城を守るふたりの騎士。そして秘密の姉妹である二人がほがらかに笑いあう声が、静かな紅葉街道に明るく響き渡っていった——。

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ふたりの騎士の穏やかな休日 くじら @skujira

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