第5話

「えっと……ここがその、目的地なんだけど……」

そう言ってアルドは、紅葉街道の途中に位置する実にのどかな団子屋を指さす。

「…………本当に、ここが目的地なのか……?」

「あ、……ああ」

「ほんとうに……間違いない、のか?」

「ほ、本当だってば……」

ディアドラは、しばし絶句しながら目の前の建物を見上げた。長い沈黙のあと、彼女は重々しく口を開く。


「……何故? この一見なんの変哲もなさそうな団子屋に、一体なにがあると言うんだ……?」

「……いや、その……」

まだ「計画の全容」をネタバレするには早すぎる。時が来るまでアルドはのらりくらりとディアドラの追及をかわしながら、ここでひたすら待機する必要があった。今ここで余計なことを喋ってしまっては、最悪ディアドラが怒ってミグレイナ大陸に帰ってしまうだろう。それは絶対に避けなければいけない。

「王がわざわざ副官である私を指名で、敵国である東方に派遣するからには、かなり重要かつ危険な任務なのだろうと思っていたのだが……今のところ道中のモンスターを倒したぐらいで、特段危険なことはなかったよな? どういうことだ、アルド?」

「いや……えっと……」

「まさか、……実はこの団子屋とは世を忍ぶ仮の姿で、実は東方にとって何か重要な機密を扱う場所だったり……そういうことだったりするのか……?」

「うーん……そ、そういうことじゃないんだけど……」

アルドはぼりぼりと頭を掻く。困惑しているディアドラの追及は思ったよりも激しく、このままでは遠からずボロが出てしまいそうだ。

そんな様子を見かねてか、それとも単にただ店の前に突っ立っているだけの不審な人物を客だと認識したのか。団子屋店主の娘が、にこやかにアルドに話しかけてきた。

「こんにちは! 美味しいみたらしだんごでもいかがですか、旅の方たち?」

ディアドラの追及に弱り果てていたアルドにとっては渡りに船、いや天の助けだ。いささか元気すぎるぐらいにアルドはその問いかけに応える。

「あ! ああ、そうだな! えっと、みたらしだんごをくれないか?」

「おい、アルド! 私たちは任務の遂行中だろう、そんな道草を食ってる場合では……!」

「いや、これでいいんだよ。王様の依頼は、『東方で名高い団子屋のみたらしだんごを買ってくる』だから」

「……は?」


もしかしたら「アナベルとディアドラは姉妹である」と知った時と同じぐらいの衝撃を、今ディアドラは感じたのかもしれない。いつも眉間に皺が寄っているような難しい顔をしているディアドラが、その一瞬はなんとも言えない腑抜けたような表情を見せた。

しかし、すぐに我に返ったのか、信じられないといったような表情でアルドに詰め寄る。

「いや、冗談だろう? そんな、たかが甘味を手に入れるためだけにこんな、わざわざ兵士を派遣するなど……!」

「いや! 王様の依頼はこれだけってわけじゃないんだけど! とりあえず、依頼のうちの一つだからさ!」

「そ、そうなのか?……まあ……これだけの為に派遣されたわけではないのならいいんだが……だがしかし……うーん……」

ディアドラの中のミグランス王の評価が「甘味好きのわがまま暴君」に堕ちることは避けられたらしい。だがやはり信頼に少しヒビが入ったことは確かなようで、納得できないといった面持ちでぶつぶつと何かを呟き続けている。この任務は単に王が「ミグレイナ大陸にはない食べ物を味わってみたい」という好奇心から出したものではなく、きちんとした理由があって出したものなのだ——この「任務」の全容を知っているアルドは、そう弁解をしてやりたい気持ちになったものの、まだその時が来ていないからそれを口に出すわけにもいかず、大いにヤキモキしていた。

まだ「その時」は訪れない。タイミング的にはそろそろ、のはずなのだが。一人密かに焦れているアルドの様子に気付くことなく、ディアドラの殺気だった様子もスルーした団子屋店主の娘は、二人の会話は終わったと判断したのか、のんびりと営業トークを再開した。

「ご注文、ありがとうございます! こちらでお召し上がりですか? 本数はどうしましょうか?」

「ああ、えっと。持ち帰りってできるかな? ここで食べていくのの他にも、ちょっとたくさん注文したいんだけど……」

アルドが必要な数を伝えると、娘はわあっと嬉しそうに歓声を上げた。

「こんな大量注文、はじめてです!」

「ごめん。お願いできるかな?」

「おまかせください、腕が鳴ります! ちょっとお待たせしちゃいますけど、さっそくご用意しますね!」

そう言って娘は嬉しそうに店の中へと駆け込んでいった。


この水車で団子粉でも挽いているのだろうか。かたこと、かたこと、と店の傍の水車が回る音がする。のれんの隙間から、ぱたぱたと忙しなく団子を用意する娘の姿が見える。アルドからの予想外の大量注文に、一人てんてこまいになりながらも嬉しそうに団子を焼き、みたらしのタレを煮詰めたりしているようだ。

紅葉街道は今日もきれいな快晴で、はらはらと落ちる紅葉の赤と、空の青さのコントラストが実に美しい。みたらしだんごの出来上がりを店の前でぼうっと待っている一行の鼻を、甘辛いみたらしの匂いがくすぐった。待機命令を受けて店のそばでぼうっと突っ立っていた同行の兵士たちが、口々に「うまそうな匂いだ」「腹へったな」と呟く。

「……確かに、今まで嗅いだことのない類いの、甘辛い匂いがするな」

さっきからずっと何かを考え込むように押し黙っていたディアドラも、いい匂いに釣られてかぽつりと口を開いた。

「だけど……妙に惹かれる。食欲を誘ういい匂いだ」

美味しそうな匂いは人の混乱を和らげる効果でもあるのかもしれない。先ほどの困惑した様子はだいぶ薄らいでおり、ディアドラの雰囲気もだいぶ丸くなっていた。嬉しくなったアルドもディアドラに同調し、会話に参加する。

「だんごにかかってる、『みたらし』ってタレの匂いらしいぞ。フィーネがすごく気に入ってて、爺ちゃんにも食べさせたいって言ってたな、そういえば。……持ち帰り出来るんなら、今度爺ちゃんにも買ってってやろうかな?」

「ああ……それはいいな。アルドのお爺さまも喜ぶんじゃないか?」

「そうだな。よし、今度フィーネと一緒に、ここのだんごを買いに来よう!」

それを聞いたディアドラは、ふっと小さく笑みをこぼす。彼女も自分の姉——アナベルのことを思い浮かべたのかもしれない。少し俯いて、それから何かを決心したように顔を上げた。

「……なあ、アルド。そのみたらしだんごとかいう食べ物、アナベルにも——」


刹那。モンスターのものと思しきごう、という咆哮が、ごく近くから聞こえた。

「な、なんだ!?」

「アルド、あそこだ!」

ディアドラが指差す先には、大きな熊のような形態のモンスター。紅葉街道でたまに見かけるやつだ。振るわれればあらゆるものをひとたまりもなく破壊してしまいそうな力強い両腕を振り上げ、何かを探してでもいるのか、キョロキョロと辺りを見回している。

「いけない! 団子屋の守りを固めます!」

兵士たちが慌てて、団子屋を守るように槍を構える。彼らは一般人よりは訓練を受けており、確かに多少強くはあるものの、ミグレイナ大陸のモンスターとは比べ物にならないぐらいの強さを誇るこの大陸のモンスターには歯が立たない。実際道中の戦闘でも、彼らは索敵や後方からの援護が中心だった。この場で彼らに出来ることは「肉の盾」になることぐらいだろう。

「今のうちにモンスターを!」

「わかった!」

叫ぶ兵士にアルドが答える。アルドとディアドラも抜剣し、それぞれに剣を構えた。兵士たちの戦力は期待できない以上、討伐はアルドとディアドラの仕事だ。剣を構えた二人を見て、モンスターは再びごう、と吠えた。獲物を見つけた、と言わんばかりに、迷いなく一直線にこちらに向かってきた。

「あいつ、こっちに来るぞ!?」

「みたらしの匂いに惹かれてやってきたのかもしれないな……団子屋を守らねば。いくぞっアルド!」

「ああ!」

ディアドラの掛け声に合わせ、アルドとディアドラは同時に大地を踏み締め駆け出す。再び咆哮を上げたモンスターに、共に躍り掛かっていった。



アルドが飛び上がった勢いのままに剣を振り下ろし、怯んだ隙をディアドラの鋭い切先が攻める。負けじとモンスターも腕を振りまわし、あちこちを無茶苦茶に引っ掻いて回る。食べ物の匂いにつられてきただけあって、モンスターはどうやら空腹だったらしく、非常に気が立っていたようだ。普段この紅葉街道で出会う熊型モンスターより多少凶暴であったものの、アルドとディアドラの活躍によってモンスターは無事に撃退された。団子屋の方に戻り、兵士たちと団子屋の無事を確認する。こちらの方は特に被害もなかったようだ。

「よかった、みんな無事だな!」

「早めに気付いて対処できてよかった」

「ディアドラさん、さすがの察知能力っすね! かっけー!」

そんなことをわいわい話し合っていると、騒ぎに気付いたらしき団子屋の店主がのほほんと店の前に出てきた。今の今までだんご作りに夢中で、モンスターがやって来ていたことにすら気付いていなかったらしい。

「みなさん、どうされたんですか? 何だか騒がしかったようですが……喧嘩でもしたんですか?」

「いや、モンスターがみたらしの匂いにつられてやって来ちゃったみたいだったから、ちょっと退治していたんだ。モンスターも引き寄せちゃうなんてすごいけど、危なくないか? だんごを作るたびにモンスターが来てたんじゃ、ここの店がいくつあっても足りないぞ?」

「ああ……ありがとうございます! 普段はそんなことないんですけど……」

少し小首をかしげた後、店主は何か思いついたようにぽん、と手を手を合わせた。

「もしかしたら、今回はじめて使ってみたお砂糖が原因かもしれません! こんなにいっぱい注文を受けるのははじめてだったから、いつも使ってるお砂糖が途中で足りなくなっちゃって。この前行商の人からお試しでって貰った、いつもは使わない種類のお砂糖をいっぱい使ったから、それの匂いがモンスターを引き寄せちゃったのかも……」

「そういうことなら、もうその砂糖は使わない方がいいだろう。原因が分かったのなら、二度とこんなことは起こらなさそうだな。それなら安心——」

腕組みしながらそう言ったディアドラの瞳がぎらり、と光る。いつの間にどこからかやってきた二体目の熊型モンスターが、団子屋店主のすぐ後ろまで迫り、獲物を見つけたと言わんばかりに恐ろしい声で咆哮していた。

「危ない!」

「くっ……間に合わん!」

ディアドラとアルドが駆け出そうとするが、間に合いそうにない。店主の悲鳴が木々の間をこだまする。紅葉街道の道に点々と落ちている真っ赤な紅葉の葉のように、店主の赤い血がこの地に落ちてしまうと誰もが確信した、その時——。


「そこの娘さん、伏せてっ!」


聞き覚えのある鋭い声がその場の絶望的な空気を吹き飛ばす。驚き、その声が聞こえた方に振り返ったモンスターの鼻先を、素早い剣戟が切り裂いた。その芸術的なまでの一撃を放ったのは——ミグランスの誇り高き聖騎士、アナベル。

血飛沫がぱっと宙に舞い、不覚をとられたモンスターが怒りの咆哮を上げる。怒り狂ったモンスターは、その一撃を自分に見舞った騎士に攻撃の目標を変えた。その凶悪な爪で一撃を喰らわしてやろうと、腕を振りかぶりアナベルに突進しようとしている。


「今よ、ディアドラ!」

「任せろ!」

アナベルのその声が聞こえるや否や、ディアドラがモンスターのガラ空きの背中に駆け寄る。モンスターがこちらを振り返る隙も与えない、重たい一撃で頭から背中にかけてを切り裂く。モンスターが今度は苦悶の咆哮を上げる。正面と真後ろ、同時から攻撃されて、どちらの方に反撃をしていいのか判断できなくなってしまったようだ。その咆哮を消し去るように、アナベルとディアドラの苛烈な攻撃がモンスターに次々と浴びせかけられる。しばらくののちモンスターは地に倒れ、ピクリとも動かなくなった。



二体目のモンスターがもう動かなくなったのを確認すると、アナベルとディアドラは互いに剣を納め、団子屋店主の娘のもとへ駆けつけた。

「娘さん、怪我はない? 大丈夫かしら」

「え、ええ……! ありがとうございました……!」

危ないところを救われた店主は、ぽっと頬を染めてアナベルとディアドラを見つめた。確かに、先ほどの彼女たちの剣戟はアルドでも惚れ惚れするような鮮やかさだったから、ここから恋が始まってしまってもおかしくはない話だろう。

「お礼になにか……あ、さっきの注文をタダにとか! ……あ、でもさすがにこの量をタダにしちゃうと……」

「いや、気にしなくていい。お代はきちんと支払わせてもらう。別の国の者であろうと、非力な民を守るのは騎士のつとめだからな。……そうだろう? アナベル」

「ええ、その通りね。ディアドラ、あなたもだいぶ騎士らしくなってきたのではないかしら?」

「そんなこと……」

アナベルが褒め、ディアドラがそれに照れた様子を見せる。アルドがそれを微笑ましく見守っていると、アナベルの連れだったらしき兵士たちが、大荷物を抱えながら走ってこちらに合流してきた。

「あ、アナベルさま……! 大丈夫でしたか?」

「アナベルさま、目ぇ良すぎですよ! そして足も速すぎです!」

「ああ、ごめんなさいねあなた達。そんなに大荷物なのに走らせてしまって……でも、どうにか無事モンスターは撃退できたわ」

その様子を見て、アルドがひとり密かに顔を綻ばせた。アルドが待ち侘びていた「その時」が、ようやくやってきたのだ。


「そ、それにしてもだ」

こほん、と小さく咳払いをして、ディアドラが改まって尋ねた。

「アナベルはどうしてここにいたんだ?」

「それはこっちのセリフと言いたいところだけど……私はミグランス王の王命で、この先のナグシャムに用事があったの」

「ナグシャムに……? 一体どんな用事が……」

「それが、どうにも妙な命令でね。指定された店で、指定された商品を購入してこい……ってものだったんだけれど」

「商品? 一体何を……」

「それが……」

言いにくそうに一瞬言葉を止めて、意を決したようにアナベルは言った。

「……ウシブタまんじゅう、なの。しかもかなりの数の」

「……ウシブタまんじゅう……!?」

驚きのあまり、ディアドラがわずかにのけぞる。きっとこの姉妹たちの中では今、ミグランス王への評価がよくわからないことになってしまっているに違いない。二人とも困惑しながら、「王がなんだってこんな命令を?」とか「何か隠された意味でもあるのかしら……」などと頭を突き合わせて相談を始めている。

「……そう。それで、ウシブタまんじゅうを買ったあと、ここの団子屋で後続の部隊と合流し、その部隊からくる指示を待てって話だったんだけれど……ディアドラの方は何か話を聞いていないかしら?」

「いや、私は特になにも……」

ここでディアドラはアルドの存在に思い至ったらしい。何かを隠しているような怪しい態度で、ずっとこの任務に同行していたアルドは、ミグランス王ともやけに親密すぎるほどに親密だ。王と組んで、二人でなにかを企んでいたとしてもおかしくはない。騙されたような気持ちになったディアドラは、勢いこんでアルドに詰め寄る。

「……アルド! お前、何か隠しているだろう!?」

「いや! 結果的に二人を騙すことになっちゃったのは申し訳ないけど、これにはちゃんとした理由があるから!」

今のアルドの言葉にピクリと反応して、困惑した表情だったアナベルも一気に表情を固くした。じりっ、とアルドとの距離を詰める。

「二人を騙す……? 聞き捨てならないわね、アルド。説明をお願いできるかしら?」

「そうだ。さすがにそろそろ聞かせてもらおうか。でないと……」

そう言ってディアドラもじりっ、とアルドとの距離を詰めた。実力者である騎士ふたりに、殺気丸出しで同時に詰め寄られると、これまでいろんな強敵と対峙してきた、さすがのアルドも少し怖い。二人から距離をとるように少し後ずさると、改めて今回の任務の「ネタばらし」を始めた。

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