第3話

王都ユニガンの宿屋の二階に、その国の王であるミグランス王がいる——というと、他の世界や別の時代からやってきた、その事情を知らぬ仲間はまず驚くけれども、アルドにとっては今や見慣れた光景だ。まあ、一国の王が仮住まいとして自国の宿屋の一角を占領している、という事態は、あまり名誉なものではないし、そうなってしまった原因の一端を担っている立場としては「早くなんとかしなければ」という焦燥感にも駆られるものだが、当の王様自身は意外にもこの仮の住まいを気に入ってそうなところが「らしい」ところだろう。例えば他の国の王——パルシファルの王がアクトゥールの酒場でくつろいでいる姿とか、ゲンシンがいかるがの里あたりで粥を啜っている姿など、想像もつかない。

ミグランス王は、ともすればいち冒険者にも見えてしまいそうなほど筋骨隆々とした姿だが、不思議に王の威厳にも満ちている。気さくで、特に忙しくない時には快く面会に応じ、時に相談にすら乗ってくれたりもするので、アルドはこの王様を困った時の相談相手として時々頼りにしていた。

ミグランス王とは色々あってほぼ顔パスの関係性なので、見張りの兵士に軽く会釈をして二階へ上がる。何やら書類を確認中だったらしき王が顔をあげ、にこにこと笑顔を見せた。

「どうした? アルド。何やら浮かない顔だな。なにか私に相談事でもあるのか?」

「いや……王様。ちょっと、ディアドラとアナベルのことについてなんだけど、相談に乗ってもらえないかな?……」


かくかくしかじか、と先ほどのことについて説明すると、王も口をへの字に曲げてふむ、と腕を組んだ。

「うちの兵士たちはみな勤勉で頼もしい限りなんだが、確かにあの二人はちょっと働きすぎだな。お互いがお互いの負担を軽減させようとしてか、二人で競い合うように仕事をこなしている。結果、あの二人ばかり最近の仕事量は群を抜いていて……あまり良い傾向ではないなと、私自身も考えていたところだ」

「王様も気になっていたのか?」

「ああ。犬猿の仲が一転、競い合い切磋琢磨し合うライバルになったような感じだな。一体あの二人に何があったらこうなるのやら……」

実はあの二人は生き別れの姉妹だったのだ——とは、そういえば王様も知らない事実だった。特に隠しておく理由もないが、あの姉妹は「二人だけの秘密」を尊重しているようだし、アルドは慌てて話題の方向を修正する。

「ああうん、それはまあ置いといて。あの二人にはここらへんで、ちょっと休みをあげてやるべきなんじゃないか? ミグランス軍の主力として、あの二人の疲れが溜まったままの状態でいるのはいろいろとマズいだろ?」

アルドのその言葉を聞いて、王はふむ、と腕を組んだ。

「それはそうなんだがなぁ……彼女らが素直に休みを取ってくれるとも思えなくて、ちょっと困っているんだよ」

「……それは確かに、そうかもしれないな……」

迂闊に片方に休みを与えても、「ディアドラが/アナベルが働いているのに、自分が休むわけにはいかない」とその休みを放棄してしまうだろう。かといって両方に同時に休みを出してしまうと、さすがに城の守りが不安になると二人とも考え、そんなことはできない——と突っぱねてしまうだろう。彼女たちは責任感も強いのだ。

「アルドたちの報告を聞く限り、東方との関係性が急変することはまだなさそうだし、魔獣たちも今のところはおとなしいものだし。半日や一日ぐらいあの二人が休みを取ろうと、問題はないと思うんだがな……あの二人の他にも、うちには優秀な兵士がたくさんいるし」

「まあ、確かに。東方も東方でゴタゴタしてるし、急にこっちの大陸への侵攻を進める、ってことには、まだならないと思うんだけど……。そうだとしても、あの二人を説得するのはなかなか難しそうだよな……」

アルドも王様と同じように腕を組み、うーんと唸る。しばし顔を突き合わせて唸るだけの無言の思考時間が続いたが、ふと王が何かを思いついたような表情で顔を上げた。

「……そうだ、アルド。東方には確か、『みたらしだんご』とかいう食べ物がある、とか言っていたよな?」

「え!? ……確かにあるけど、急に一体どうしたんだよ?」

「確か『ウシブタまんじゅう』という食べ物がある、みたいなことも、いつだか言っていたと思うが……」

「なんで食べ物のことばっかり!?」

「いや……ちょっと思いついたことがあるんだ。ここに東方の地図があるから、それらの食べ物が手に入る場所を教えてもらえないか? ついでに、そこへの行き方とかも一緒に」

「え、いいけど……」

ミグランス王の思惑がまったく読めないアルドは、おろおろとしながらも王が取り出したガルレア大陸の地図を眺め、乞われるままに街の名前やそこへの行き方についてを説明していく。一通り求める情報を入手したらしき王は、アルドにニヤリと笑いかけてみせた。

「……ふむ、有意義な情報を入手できた。そこでだ、アルド。先ほどの件の解決のために、“ちょっとした依頼”をこなして欲しいんだが、頼まれてくれるか?」

(い、一体……なにをさせる気なんだ……!?)

明らかに困惑の色が濃い表情を見せるアルドに、王は安心させるようにははは、と笑ってみせた。だが、この状況ではその笑顔すら逆に怪しさを煽るものにしかならない。

「なに、悪いようにはしないさ。アルドにしかできない仕事なんだ、頼まれてくれるよな?」

「え……あ、ああ……」

あからさまに「悪巧みをしています」といった表情のミグランス王。さすがに王たる者が、こんなにも堂々と悪事の依頼をしてくることはないとは思ったが、それでも何をさせられるのかわかったものではない。アルドはびくびくと怯えながら「依頼」の内容と、自分がするべきことについての確認を始めた。

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