第2話
さて、と気を取り直し、アルドは玉座前へと移動する。ディアドラが言っていたように、アナベルは玉座のところで何やら兵士と立ち話をしているところだった。
「……そこの警備に関しては、いつもの感じでお願いできるかしら」
「了解しました!」
「ありがとう。それでは隊に戻って、通常業務を続けてちょうだい」
「はい!」
アルドが訪れたタイミングでちょうど話は終わったらしく、明るい返事を返した兵士がぱたぱたと玉座を飛び出していく。その兵士を見送っていたアナベルの視線が、ちょうど玉座に入ってきたアルドとかち合った。目が合った途端にアナベルは、ふんわりと優しい笑みをこちらに向ける。
「あら、アルド。どうかしたの? 何か私に用かしら?」
「いや、ディ……」
ついうっかり「ディアドラから頼まれて」と言いそうになりながらも、アルドはきちんと彼女との約束を思い出し、すんでのところでそのセリフを飲み込んだ。
「……じゃなくて。ええとアナベル、なんだか最近忙しそうじゃないか?」
「え? そ、そうね……ううん、でもそんなことはないわ。ディアドラも、他のみんなも頑張ってくれているし、山積している問題を考えると『疲れた』なんて言ってられないもの」
にこやかにそう返しはしているものの、ディアドラ同様その表情にはわずかに疲れが見て取れる。ディアドラよりさらに上の立場であり、性格的にも真面目でサボることなど眼中にないようなアナベルが、ディアドラよりも忙しくないはずはないのだ。上の立場であるが故に簡単に弱音は吐けない、と考えてのこの発言なのだろう。
「でも、やっぱりちょっと疲れてるだろ。何かオレに手伝えること、ないか?」
「え? 確かに手は絶対的に足りてないし、アルドが手伝ってくれるならありがたいけど……。そうね……」
ふむ、と腕組みをしてアナベルは考えこむ。しばらくして腕組みをほどき、ポンと手を叩きながら嬉しそうに言った。
「今手伝ってほしいことはちょっと思いつかないんだけど、アルドにお願いしたいことならあるわ」
「なんだ? オレにできることなら何でも言ってくれ! できることならなんでも手伝うからさ」
「私じゃなく、ディアドラの方に手を貸してあげてほしいの!」
「え……!?」
この提案の出どころがバレてしまったのかと、瞬間的に頬をひくりとひきつらせたアルドの様子には気付くことなく、とても良いことを思いついたとでも言うようにアナベルは続けた。
「急に私の副官になんて任命してしまったし、頑張ってくれてはいるんだけど……やっぱりまだ戸惑いも多いでしょうし、慣れない仕事ばかりできっと大変な思いをしていると思うの。だから、アルドの手を貸してあげてもらえないかしら?」
「え……えっと……」
ディアドラに聞けばアナベルを手伝ってくれと言われ、アナベルに聞けばディアドラを手伝ってくれと言われ。この姉妹は本当に、そういうところまでそっくりなようだ。だが、嬉しそうにディアドラの手伝いを頼んでくるアナベルに、「そのディアドラからアナベルを手伝えと言われた」と言うわけにはいかない。ここはおとなしく、素直に仕事を引き受けたていで引き下がるのが得策だろう。
「……うん、わかった。ちょっとディアドラに確認してみるよ……」
「ごめんなさいね、アルド。よろしくお願いするわ!」
どうしたものか途方に暮れ、踵を返すアルドをアナベルが「待って」と引き止めた。これも、ついさっきディアドラに話しかけたときと同じような流れだ。デジャヴだろうか? この姉妹は、アルドが知らないだけで実は双子で、テレパシー的な不思議な力で何か通じ合っていたりするのだろうか? そんなことを考えながらアルドは振り返る。
「なんだ? アナベル。まだ何かあるのか?」
アナベルもさっきのディアドラと同様に、少し言いにくそうにモジモジしながら言った。
「いや、あの……ディアドラには、私からそう頼まれたってことは言わないでおいてくれるかしら? あくまでアルドが自主的に、ディアドラの仕事を手伝うってことにしてほしいの」
「……『アナベルから頼まれたって聞いたら、ディアドラが萎縮して逆に仕事を抱え込んじゃうかもしれないから』か?」
「え!」
ぼふんとアナベルの顔が朱に染まる。ディアドラよりは素直に照れている様子であるものの、ほんとうにこの姉妹は似たもの同士であるらしい。
「な、なんでわかったの、アルド……?」
「えーと、なんていうか……カンみたいなもの、かな……?」
(本当はついさっきディアドラからも同じようなことを聞いたから……なんて、言わないけど)
苦笑しながら答えるアルドの表情に気を回す余裕はないらしいアナベルは、話を逸らすようにすぐにプイッと横を向いてしまった。
「そ、そうなの……? まあとにかく、そういうことでお願いね!」
コクリと頷き、アルドはすごすごと玉座の間を後にした。扉を出てすぐに大きなため息をつく。
「……まいったな。これはちょっと、王様にでも相談してみるか……」
ぽりぽりと頭を掻く。それからアルドは肩を落として、王都ユニガンの宿屋へと足を向けた。
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