第35話 信頼

「う、う〜ん」


目を覚ますと俺はベッドに寝ていたが、どうも様子がおかしい。

いつも俺が寝ているベッドでは無く、部屋も俺の部屋とは異なっている。

一体ここは……

徐々に俺の意識が覚醒し、気を失う直前の記憶が戻ってきた。


「朱音……」


俺に声をかけてきたのは確かに朱音だった。

という事はここは朱音の部屋?

俺が状況の把握に困惑していると


「リュートさん、気がつきましたか?」

「朱音……」

「びっくりしましたよ。夜道をフラフラ歩いている人がいると思ったらリュートさんなんですから」

「あ、ああ、すまない。道具屋に行ったんだが閉まってたんだ」

「それより身体の調子はどうですか? 痛かったりしませんか?」

「……大丈夫の様だ」

「それは良かったです」

「朱音、ここは……」

「私が借りている部屋ですよ。元々は王宮にも部屋があったんですけど、居心地が悪いのでここを借りたんです」

「すまない。すぐに出ていくから」

「リュートさん、ダメですよ。一日は寝ておいてください。血が足りないんです。ご飯も用意しますから食べてください」

「そういう訳には……」

「食べないと血は増えませんよ。また途中で倒れて死んじゃいます」

「………」


朱音の言う事も、もっともなので何も言い返す事が出来ない。

確かに背中の痛みは引いているが、頭がくらくらする感じはまだ残っているので、血が足りない事による貧血症状なのは間違い無い。


「それじゃあ、少し待っていてくださいね」


そう言って朱音が席を立ちしばらく待っていると、料理が運ばれて来た。


「私の世界の味付けに近いのでお口に合うかわかりませんが、食べてください」

「朱音が作ったのか」

「はい、そうですよ。でも料理は得意では無いので期待はしないでください」

「いや、そんな事は……じゃあせっかくだからいただくよ」

「はい」


俺は朱音の作ってくれた料理を順番に食べて行くが、確かに俺が普段口にしている味付けとは少し異なるが、どれもほっとする様な味わいで美味しい。


「うまいな……」


思わず口をついて言葉が出てしまった。


「本当ですか? よかったです」


朱音が花が咲いた様な明るい笑顔で返事をしてくれる。


「ああ、本当にうまい。こんなにうまい飯は久しぶりかもしれない」

「よかった。まずいって言われたらどうしようかと思ってたんです」

「そんな事はありえないな」

このご飯がまずかったら、街の飲食店の大半が潰れてしまうのではないだろうか。

「リュートさん、背中の傷なんですけど」

「…………」

「刺し傷に見えました。モンスターにやられたんじゃないですよね」

「…………」

「リュートさんは強いです。リュートさんにあれほどの深手を負わせる事ができるのは……」

「…………」


まあ、背中の傷を見たのなら当然察するところがあるよな。


「答え難いのならそれでも構いません。私はリュートさんを信頼しているので」

「…………」


朱音の予想外の言葉に少し戸惑ってしまう。

ブレイブスレイヤーである俺の本当の姿を知らせないまま、普通に付き合う事は

朱音の信頼を裏切る事になる。

だが、真実を伝えて拒否されてしまえば、口封じに殺さなければならなくなる。

流石に傷を治してもらった相手にそれは出来ない。

俺が受け答えに悩んでいると、朱音は食べ終わった食器を持ってすっと部屋を出ていった

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