今度の指令はラブストーリー

第4話 前日譚 仕事を終えた魔王城

前回の『全神冒険フェスティバル』が終わってからそう時が経っていないある日の事。


魔王城円卓の間で魔王リウムはサキュバスメイドであるスリスを横に従えて一体の魔物をその眼下に降ろしていた。


「我に申したいことがあると聞いたが?」


銀色の長い髪を優雅にかき上げたリウムが魔王が座るに相応しい立派な椅子に座りながら、その魔物に威厳ある雰囲気で問う。


「はい、リウム様。この度はわたくしの様な魔物にお時間を取っていただきありがとうございます。」


と丁寧に答えた魔物は深々と頭を下げた。


「そんなに堅苦しくならずとも良い。我は魔王。全ての配下の言葉に耳を傾けるのも必要なことだと思っているからな。」


隣にたつスリスもその言葉に頷く。


「魔王リウム様は寛大なお方です。いつも通りふるまう程度であなたを罰したりは致しません。顔をお上げなさい。」


その言葉に、ありがとうございます。と魔物は顔を上げる。


緑色の肌につぶれたような鼻、小さい体に甲高い声で喋る、その魔物はゴブリンであった。


「まずは前回の『全神冒険フェスティバル』優勝おめでとうございます、リウム様。」


「うむ!。問題は多くあったが、皆の協力のおかげで最優秀賞が取れた事、我もうれしく思っているぞ!」

そういうリウムの顔には威厳からはかけ離れた可愛らしい満面の笑みが浮かぶ。


「はい。女神アルテネ様もさぞお喜びでありましょう。」


「そうであるな。しかし、一度最優秀賞を取ったからと気を緩めてはならぬぞ。身を引き締めて次回に向けて準備をしていかねばな!」


「ええ。わたくし共も気を抜かぬよう気をつけてるように致します。」


と気合を入れるように自分の胸を叩くゴブリン。


「して、話しとは何だ?この事だけを話にきた訳でもあるまい。」


その言葉にゴブリンは目を伏せながら、リウムに尋ねた。


「リウム様、本当にどんな事でも耳を傾けていただけるのですか?」


それにリウムは心外だと言うばかりに小さな体をぴょん!と椅子から降ろすと、ゴブリンの前に立ってその体を大きな瞳で睨んだ。


「我は自分の言葉に嘘などつかん!!いいから言ってみろ!!」


そんなリウムの様子を受け、ゴブリンは恐る恐る口を開いた。


「・・やめ・・ほし・・んです。」


小さくこぼすその声はリウムには聞き取れなかった。


「おい!聞こえんぞ!もっとはっきり言え!」


「・・・のを、やめ・・て欲しいんです。」


「何だって?聞こえんぞ!」


その言葉にゴブリンはリウムの目をみつめるとはっきりと口にだした。


「人間のメスを襲うのを辞めさせて欲しいんです!!!」


一瞬リウムは何をいっているのか理解出来なかった。


「もう人間のメスを襲いたくないんです!違う種族なんて襲わなくてもゴブリンにもメスはいるし、人間のメスの顔に区別なんて付かない!自分達と違う生き物を襲うって意味分かんないでしょ!?姿形が多少似ているからって無理なものは無理!!二本脚でたってりゃみんな一緒なんですか!?豚と犬が一緒ですか?わたしたちからすりゃ人間も豚も変わんないんですよ!!豚なんて無理だって!!今まで必死に我慢して来ましたけどもう限界なんです!!」


捲し立てるようなゴブリンの言葉にリウムは面食らってしまう。


しばらくの間円卓の間に沈黙が走るがハッとしたようにリウムが口を開いた。


「えーーと、よく分らんのだが、辞めればいいんじゃないか?」


その言葉にゴブリンは口を荒げる。


「辞めればいい!?リウム様がそんな簡単にいうのならなんで前回のフェスティバルであんな事させるんですか!?」


「・・・我お前たちに何かさせたか??」


「覚えていらっしゃらないので!?命令を私達に下したじゃありませんか!勇者を守る団体が邪魔だから今までよりも激しく襲え!と。」


「あーー、そんな事言ったかな?スリス覚えているか?」

いままでその話を横で聞いていたスリスが体を前に出す。


「えぇ、はっきり覚えていますよ、リウム様。例の猫ちゃんを守る会のせいで勇者に手が出せず、誰でもいいから足止めに向かわせろ!と仰せだったので私がゴブリンにお願いしました。」


猫ちゃんを守る会。


それは仲間に手を出されまくって引きこもってしまった勇者を守るためにその加害者たちが作り上げた団体である。


勇者の仲間が指揮を執るその団体は、戦闘力も情報収集力も非常に高く、リウムは前回の勇者冒険撮影の際酷く手こずらされた。


「あーー、あいつらなぁ。我が用意したクエスト片っ端から片付けていっちゃうから凄い迷惑だったよなぁ。それで?足止めに敵を襲うのが何故そこまで嫌なんだ?」


その言葉に更にゴブリンは頭に血を登らせたようで、


「なんで!?先ほども申し上げたじゃないですか!!もう別の種族を襲うのは嫌だと!」


その言葉にリウムは困ってしまう。


「いや、だって、勇者の冒険撮影の為に人間を襲うのが魔物の仕事だろ?」


「出来ない事だってあるんですよ!人間は私達に襲われたと思っているものもいるかも知れないですけどね、こっちだって被害者なんだ!必死に薬の力に頼って頑張ってるんですよ!無理な仕事のせいで心を病んだり、不能になって結婚を破断された奴だっている!なのに、なのに、私たちは好き者の変態魔物扱いですよ!とんだブラック魔王軍だよ!!」


「お前たちはそんなに人間を襲うのが嫌か?」


「何度も申し上げています!もう限界です!」


そうか、とリウムは頭を悩ませる。


女神アルテネによって生み出されたその命はその目的のため善処しなくてはならない、が、ここまで嫌がっているものを無理に働かせるわけにもいかない。と腕を組んで考えるリウム。


するとその隣にスリスがすすっとと近づく。


「失礼します。リウム様。」


「どうしたスリス?」


「いえ先ほどからお話を伺っておりましたがどうやら行き違っている様子に見えます。」


「行き違い?我はそうは思わんが。」


「いえ、リウム様は勘違いしてらっしゃいます。ゴブリンの言う『襲う』、とリウム様の考えている『襲う』、は意味が違います。」


「はぁ?意味が違う?」


お耳を拝借とスリスがリウムの耳元に口をよせる。


「ゴブリンの言っている襲うとは性的な意味ですよ。勇者がその仲間に手を出された時と同じ『襲う』です。」


その意味を理解したリウムはささやかれていた耳から順に顔を赤く染めた。


「おまっ、それって!」


取り乱す様子のリウムを真顔で見て口を開けた。


内心は『取り乱す、リウム様かわいいですー。』などと思っているのだが。


「えぇ、リウム様の思っている通りです。いつぞやかリウム様も言っていた、おしべとめしべという奴ですよ。」


その言葉にリウムの顔は更に赤みを増す。


「いやっ、おかしいだろう!?別の種族を襲うなんて!」


「だからそれをゴブリンも言っているのですよ。」


リウムがゴブリンを見れば、取り乱すそのリウムの姿を、見てはいけない物ではないかと考えているように顔を下げていた。


「んんっ。ゴホン。済まなかったな。どうやら行き違いがあったらしい。お前の言いたいことは分かったぞ!」


「本当でございますか!?」


「ああ。お前の言う通りそんな行為は不健全で不生産だからな!今後は人間のメスなど襲わなくても良い。」


そのリウムの言葉にスリスが待ったをかける。


「駄目ですよリウム様。言葉が足りていないと先ほどと同じように行き違いが起こるかもしれません。物事ははっきり言わなくては。その襲うとはどういう意味の襲うなのですか?」


それにリウムはぐぬっ、と口ごもる。


「どうしたのです?リウム様?さぁ、さぁ、さぁ!」

どんどんと詰め寄るスリスにリウムは観念して口を開いた。


「・・いてきにだ。」


「聞こえませんよリウム様?」


「せいてきにだ。」


「もっとはっきりと!」


「性的にだよ!!これで満足か!?っていうかこんな事言わなくても話の流れで分かるだろ!?」


「先程まで、すれ違っていたではありませんか。」


そういわれればリウムは口を閉じるしかない。


「んん。兎に角ゴブリン、お前たちは今後そのような事をしなくてもいい。」


「リウム様そのような事とは?」


「っ。性的に襲うことはしなくて良い。」


その言葉にゴブリンはその顔を喜びの色で染め上げた。


「本当でございますか!?もうあの人間のメスを襲わなくてもいいのですか!?」


「ああ。」


「リウム様、確認の為には復唱が必要です。はっきりとゴブリンの言葉を復唱してください。」


「人間のメスは襲わなくてもいい。これさっきも我が言っただろ!?」


「男性器を薬の力で奮い立たせなくともよいのですね!?」


「・・・。」


「リウム様?」


「・・・薬に頼らなくとも良い。」


「リ・ウ・ム様?」


「・・・だんせい、って!こんな事復唱しなくてもいいだろ!?ゴブリン!!お前もそんなに細かく言わんでいい!あーー、もう兎に角人間の女は襲わなくていい!分かったか!?」


うがーと両手を腕に上げそう言い放つリウムにゴブリンは


「ありがたき幸せと。」


うやうやしく膝を付き頭を下げた。


膝の横では、リウムに見られないように手をグッドの形に変えている。


スリスもリウムの後ろでゴブリンにグッドを返した。


ゴブリンが人間の女を襲いたくないことに嘘はなかった


が、それをスリスに相談したときに提案されたのだ。


リウムの可愛い姿が見たくないか?と。


慌てふためくリウムが見たくはないか?と。


ゴブリンはそれに同意した。


二人の胸元には共通のカードが仕舞ってあった。


『リウム様を愛でる会』。


会員No.001とNo.010。二人はリウムを愛する会の古参だった。


両手を上に挙げ顔を真っ赤に染めるリウムをみて二人とも


「「いい仕事をした!」」


とすがすがしい顔をみせるのであった。


今日も魔王城は平和である。

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