EP8【「近すぎだよ!」】

 あれから手を繋いだまま、けど会話無く登校し、そのまま教室へと着いた。

 校門をくぐっている時も視線を感じた気がしたのは、気のせいだろうか……?


「り〜く〜さ〜ん?」


 少し気になりながらも、碧空りくは荷物を整えるため一人で自分の席へと着いた。

 だがその時、聞き覚えのある女性の声が前から聞こえてくる。


 心做しかその声はとても低く、何故か怒気が孕んでいるように感じる。

 少しばかり恐怖を感じながら、恐る恐るといった感じで碧空は視線を向けた。


「kwsk☆」


 しかし心配は杞憂だったようで、彼女は音恵の方を指差しながらニコリと笑ってきた。

 尤も、その笑顔と行動の真意を考えると、冷や汗が滝のように流れるのを感じるが。


 彼女の名前は藤村海優ふじむらみゆう。碧空の女友達で数えるとするなら、唯一の存在である人物だ。

 別のクラスに彼氏を持ち、この学年ではバカップルとして有名になっている。


「く、くわしくって……?」


 しらばっくれようと、碧空は藤村と音恵から視線を外して返す。

 手を繋いだまま登校はしたものの、勝手に公にしてしまうのはなんだか違う気がする。


 だが、どうにも声は上擦ってしまい、藤村はそれを逃さず身を乗り出してきた。


「誤魔化せないぞ〜!音恵おとえちゃんとなにがあったのじゃ?」


 その声と共に、クラスの複数人がこちらに意識を向けるのを感じた。

 思春期真っ只中の今、そういう話は気になるのは碧空もわかるが当事者ともなれば勘弁願いたい。


 だが無念にも、藤村は遠慮なく碧空の方へと急接近してくる。

 この人生、音恵と藤村以外に女性と話したことがほとんどない碧空としては、タジタジになるのは必然だった。


「ん〜?」

「海優さん!」


 ニヤニヤとした顔で、なおも接近してくる藤村にどうしようかと碧空が目を泳がせると、急に彼女を叫ぶ声が響く。

 振り向けば、いつの間に来ていたのか音恵が海優をキッ、と睨みつけていた。


「近すぎだよ!」


 そう言って、音恵は碧空と海優の間に腕を入れて無理矢理離れさせる。

 碧空としては、音恵が怒っている姿など見た事がないので新鮮に思えた。


 しかし、海優はというとそんな音恵に対して「え〜」となにやら不満気のようだ。


「なんで〜?別にいいじゃん」


 ……前言撤回、どうも愉快げである。

 先程まで碧空に向けていたニヤニヤ顔を音恵に向けて、標的を変えた模様だった。


「えっと、その……」


 そんなふうに尋ねられて、先程まで威勢の良かった音恵もタジタジになってしまう。

 まだ公にはしていないものの、カップル揃って初々しい雰囲気になっていた。


「ん〜?」

「「うぅ……」」


 二人して苦し紛れの呻き声に、周りの視線が生暖かさを帯びたような気がする。

 もう、何も言い返すことが出来なかった。


「……ぷっ、あははっ!ごめんごめん、冗談だよ〜」


 しかしそんな二人に、藤村は堪えていたのか笑いながらそう言ってくる。

 碧空と音恵はそれを見て顔を合わせると、同時にため息を吐く。


 そして、再びニヤニヤとしだす藤村に、碧空は半目で見据え、音恵は頬を膨らませる。


「あまり揶揄わないでよ」


 基本的に引っ込み思案な碧空にしては珍しく、音恵に代わってそう訴えかけた。

 見たことがなかったにせよ、碧空にとって音恵の怒哀な感情はあまり見たくはないのだ。


「ほんとごめんよ。音恵ちゃんも、嫉妬……しちゃったよね?」

「しっ……!?」


 え?と、碧空は思わず音恵に視線を向ける。

 音恵はというと、あっけにとられた様子で目を見開いていた。顔は、真っ赤に染まっている。


「えっと、その……!?」

「――ホームルームするぞ~すわれ~」

「あっ……」


 そんな碧空の視線に気づき、音恵は慌てて誤魔化そうとする。

 だが悲しきかな。狙ったようなタイミングで担任が現れ、もう手遅れになってしまった。


「………」


 担任がSHRを進める中、碧空はぼーっと先程の音恵の反応について考えていた。

 取り繕うとはしていたものの、音恵は真っ先に否定はしていなかった。


 もし、本当に音恵が嫉妬していてくれたのだとしたら……


「っ……」


 碧空は、意味もなく顔を手で覆う。

 願わくは、少なくとも今の顔を音恵に見られたくはない。そう、思った。

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