EP7【クラクラしてしまう】
「電車が参ります。黄色い線の内側まで──」
……なんだか、やけに視線を感じる。
徒歩三分程先にある駅のホームで、
隣には、頬をほんのりと赤く染めながらも笑顔で来る電車を眺めている
その理由としては、碧空とこうして手を繋いぎながら、初めて一緒に登校すること……だと、烏滸がましくも碧空は思っている。
だが実際、今のところは改札を通る時以外はぎゅっ、と音恵に手を握られていた。
その唯一手を離す瞬間、音恵はとても名残惜しそうな顔をしていたのは記憶に新しい。
電車が目の前に来たことで、音恵は碧空の視線に気がついたらしい。
きょとんとした顔になったと思えば、頬に赤みを増させてはにかみ、目を逸らされた。
初めて見る表情と仕草だった。
自信はないけれど、目を逸らされた理由がもしかしたら、と思うと碧空も顔が熱くなる。
なんだか気まずい空気になってしまった。だが、別に嫌だとも思えはしなかった。
そんな碧空と音恵を他所に、電車から蒸気を出す音が聴こえてドアが開く。
「の、乗ろ?」
すると音恵は、なにか取り繕うように、繋がれていない方の手で電車を指さした。
嫌ではなくとも気まずい空気の中、碧空もすぐに頷いて音恵と共に乗車する。
この駅は始発からそこまで離れていないからか、電車の中は意外にも結構空いていた。
席も二人座るには十分な範囲が空いていたため、碧空と音恵はそこに座る。
……手は、握られたまま。
いや寧ろ、音恵が詰めてきたため二人の腿の間へと飲み込まれてしまった。
「……!」
碧空は抗議の言葉を発することは出来ず、ただただ心臓の動きを加速させてしまう。
電車のマナー上、迷惑にならないよう詰めるのは当たり前なためも言えない。
音恵の方はというと、顔を更に赤く染め、碧空の方へと更に身を寄せてきていた。
「……!?」
音恵の体温をダイレクトに感じるし、なにやら甘い匂いも鼻腔へと押し寄せてきて、免疫のない碧空はクラクラしてしまう。
更に更に、音恵はそのまま、ぎゅっ、ぎゅっ、と碧空の手を握ってくる。
二人の腿の間に飲み込まれたまま、だ。
様々な感触に、元々限界の頭の碧空ではもうなにがなにやらわからなくなる。
柔らかい手の感触、スカート越しの腿の感触が、行ったり、来たり。
助けを求めるため音恵の方へと視線を移すと、音恵は手を握りながらも俯いていた。
ただ、微かに見える耳はもうとんでもなく赤くなってきていた。
もうそれを見ただけで、碧空はぐっ、口を閉ざしてしまう。
恥ずかしがりながらも、音恵は精一杯スキンシップをして来てくれているのだ。
「………」
そう思うと、音恵にされてもらってばかりの自分が情けなくなってきて。
……でも、だからといって音恵みたいに実は積極的でもない碧空だとそれは難しくて。
「!」
でも、それでも。
碧空の方からも、一生懸命腿に飲み込まれた音恵の手をにぎにぎと握る。
腿の感触は気にしないようにして、その柔らかさを強く感じていく。
すると、音恵がはっとした顔でこちらを見てきた。顔はもう、言わずもがな真っ赤。
それに対して、碧空は引き攣りかけながらも笑顔を向けてあげる。
「……えへへ」
すると、音恵ははにかみながらも笑った。
その表情はとても幸せそうであって、間違っていなかったのだと、少し不安になっていた碧空はほっ、と胸を撫で下ろす。
それから電車に揺られる間、碧空と音恵はお互いの体温やら感触やらを堪能した。
ただ双方言葉を発することはなく、気まずくない空気の中、熱い顔を気にしないようにして。
□
──それから20分ほど経って、碧空と音恵は電車から一緒に降りた。
無論、学校の最寄り駅に着いたためだ。
……心做しか、先程までの20分が人生の中でもとても短く感じた。
少し名残惜しくなりながら、碧空は音恵の方へと視線を向ける。
すると、音恵もこちらを見ていたのか、少しだけとろみのある碧眼と視線が合う。
それで、先程までの恥ずかしさが蘇ってきて、お互いに目を逸らす。本当、同時に。
それをお互いに認識した二人は、すぐに視線を合わせ直した。
そして、お互いにはにかみあう。
「いこうか」
「うん」
碧空の言葉に音恵も頷き、それから二人は、今も手を繋ぎながら学校へと向かったのだった。
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