EP9【「一緒に話そ?」】

「りくくんっ」


 無事?に一限目を終えての休み時間。

 未だに気分が上の空なまま、次の授業の準備をする碧空りくに、呼ぶ声が1つ。


 聞き心地の良い癒される声なのだが、碧空はその声を聞いてびくっ、と体が跳ねる。

 振り返って声主である音恵おとえを視界に入れると、再び先程のことを思い出し、顔が暑くなってきた。


 しかし、当の音恵はというと、どうも碧空とは異なった様子である。


 声色といい、その笑顔といい。それは羞恥というのは欠片もなく、喜びの感情を表しているように思えた。

 まるで、先程のことなど忘れてしまったかのようだ。


「お、音恵。どうしたの?」


 もしそうだったら、碧空が一人勝手に考えていたということなので、少し悲しい。

 そう考えついて声がうわず擦ってしまいながらも、碧空は首を傾げた。


「一緒に話そ?」


 目を優しげに細めて、頬をほんのりと赤く染めながら、音恵は微笑む。

 その表情はとても神秘的で、そして可愛く、碧空の心臓の方がびくっ、と跳ねる。


 それからドクッ、ドクッ、と碧空の心臓は早鐘を打ちはじめてしまって。

 その勢いを自覚して、頭が回らなくなり、碧空はコクコク、と反射的に頷いた。


「やった」


 すると、にへら、と。本当に嬉しそうに、笑顔を浮かべる音恵。

 可愛い。いつもの休み時間であるはずなのに、見える景色が昨日とまるで違うように思えた。


「じゃあ、えっと……何を話そっか」

「……えっ」


 そんな音恵は、首をこれまた可愛らしくこてん、と傾げる。

 急に何を話すか尋ねられた碧空は、思わず頓狂とんきょつな声を上げた。


 いや、そうじゃなくて……表情もそうだが、仕草でさえ音恵はいちいち可愛くて。

 冗談抜きに、碧空は心臓がいくらあってもこのドキドキに耐えられる気がしない。


 それもそうだが、とりあえず。

 先程の反応を兼ねて見る限り、音恵は、碧空は話しかけたかっただけなのだろうか?


「えへへ……碧空くんと話したいってだけで来たけど、何話せばいいのかわかんないや」


 と、一人勝手に妄想していたのだが、どうやらあながち間違いではないらしい。

 ほんのりと赤い頬をぽりぽり、と搔きながら、音恵は苦笑している。


「そ、そっか……」


 それに対して、碧空は上手く言葉を探し出すことができず、そんな相槌が出てしまう。

 素直に、嬉しかった。音恵が、ただ純粋に自分を求めてくれていることに。


 ──顔が熱い中そう思うと、視界には、いつのまにか音恵しか映らなくなっていた。

 ……いや、視界だけでなく、聴覚や微かに匂いを捉える嗅覚でさえ音恵に染まっている。


 音恵しか見えない。

 音恵の呼吸音しか聞こえない。

 音恵の甘い匂いしか鼻腔をくすぐらない。


「──好き」


 音恵に対しての愛しさが、もわもわっ、と碧空の心の中を支配し始めていた。

 しかし碧空は、それに対抗することなく、ただ音恵のことを捉えていた。


 ──人前なのにも関わらず、好意の言葉を普通の声量で発していたのにも気づかず。


 ぼっ、と音恵の顔が赤くなるのがわかる。

 何故かは分からないが、可愛い。愛しい。


 わなわな、と、音恵の美しい青みがかった瞳が泳いでいるのがわかる。

 ただ、可愛くて、愛しい。その感情だけしか、碧空の中では湧き上がらない。


「わ、私も……」


 心做しか震える声で、音恵が呟く。

 やっぱり可愛いし、愛しい。もはや、それだけでは言い表せ──


「大好き……」


 ………。

 ………………。


「──えっ!?」


<キーン コーン カーン コーン>


 驚愕の言葉が音恵からでてきた次の瞬間、チャイムがかなりの音量で鳴った。

 教科担当の教師が入ってきて、音恵は駆け足で自分の席へと去っていく。


 碧空はまた、上の空なまま、二限目も挑むことになった。


「バカップルかな……?」


 前の席から、そんな声が聞こえた気がする。

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