EP4【[電話、いい?]】

「………」


 晩御飯を食べるなり、碧空りくは自室にあるベッドの上でスマホを凝視ぎょうししていた。

 何度も電源を入れては切ってを繰り返し、自然に両足がベッドを蹴り始めている。


 理由としては、やはり明確だろう。

 音恵おとえからのメッセージが来るのを、今か今かと一人勝手に焦りながら待っているのだ。


 晩御飯を食べ終えてから、もう20分ほどはベッドの上でこんな行動をしていた。

 早く来ないか、早く来ないか、という考えが、何度も脳内を繰り返し支配している。


 ……しかし、音恵と約束しているのは20時で、今の時間は19時50分。

 いくらなんでも焦りすぎ、というのは、一応碧空自身は自覚しているのだが。


「……はあ」


 一旦枕元にスマホを放り出し、碧空はそんな自分にため息を吐いた。

 今は音恵はいないが、先程彼女と共に帰って来た時のように振り回されている気分だ。


「………」


 それを思い出したせいか、なんだか頬が熱くなってきたような気がした。

 だから碧空は枕に顔を埋めて、気持ちを落ち着けようとする。今の自分は、まるで自分ではないようだった。


 枕から顔の上半分だけだして、碧空は枕元に放り出したスマホを手に取る。

 時刻は……19時52分。ここまで時間が長く感じるのは、人生で初めてかもしれない。


<ピコンッ>


「!?」


 再び枕に顔を埋めようとすると、手に持っていたスマホがいきなり振動した。

 スマホを投げ出しそうになりながらも持ち直し、碧空は画面を確認する。


 通知内容は──音恵からのメッセージだった。


:おとえ♪:

[まだ20時じゃないけど、もう大丈夫かな?]

:青空(りく):

[大丈夫だよ]


 そのメッセージを見た瞬間、碧空は物凄いスピードでそう返信した。

 『もう』というより、むしろ待ちに待った、という方が碧空の気持ち的には近いのだ。


 ……用件はまだ伝えられていないのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。

 そう考えると今更ながらに用件が気になり始めて、心臓が動きを速くする。


 これまた一人で様々な感情を入り乱れていると、思ったより早く音恵から返信が来た。


:おとえ♪:

[じゃあ、突然なんだけど]


 一旦、それだけが送られてくる。

 その返信を見て首を傾げたが……立て続けに送られる次のメッセージは、そんな碧空の心臓を鷲掴わしづかみにするものだった。


:おとえ♪:

[電話、いい?]


「で、電話っ……!?」


 思わずその文章を読んでしまう分には驚いてしまい、脳の理解も追いつかない。

 電話をしたい、と音恵が言ってきてるだけなのだが、何故だか心臓が暴れ出す。


 ただ、断る理由もないし、寧ろ碧空も音恵と電話するのは少し夢ではあった。

 なんとも例えにくい話ではあるが、好きな人との電話というのは魅力があるのだ。


 碧空は少しだけ手全体を震わせつつも、なんとか返信を打ち込んだ。


:青空(りく):

[うん、いいよ]

:おとえ♪:

[ありがとう!]


<ピロロン♪ ピロロン♪>


 送信すれば直ぐに返信が来て、メッセージを確認する前に画面が切り替わる。

 それと同時にスマホが勢いよく振動しだし、楽しげなメロディもかなで始めた。


 碧空は急に震え出すスマホを再び投げ出しそうになったが、先程と同じく持ち直す。

 スマホ以上に震え出す手で通話開始ボタンを押すと、碧空はそれを耳に当てた。


「“──もしもし?”」


 すると、エコーになった音恵の声が間近に聞こえ、碧空の脳内に響いてくる。

 やはりそれはとても聞き心地よい声で、思わず意識が蕩けそうになった。


「“りくくん?”」

「えっ?あ、えっと、もしもし?」


 立て続けに響く音恵の声で碧空は意識を取り戻し、なんとかその言葉を絞り出す。

 『もしもし』と面白みのない言葉を反射的だとしても返してしまい、少し後悔する。


「“りくくんの声……やっぱり落ち着くなあ”」

「!?」


 しかし、心做しかとろみを帯びた次の音恵の言葉に、碧空は心臓を鷲掴みにされる。

 顔がとてつもなく熱くなり、息が荒くなり、脳内に心臓の音が鳴り響く。


「“えっと、凄く久しぶりだよね?りくくんとこうして電話するのって”」

「──えっ?あ、うん、そうだね。前はいつぶりだったかな……」


 再び音恵の声で碧空は乱れる意識を取り戻し、返事を考えると共に声にする。

 そしてよくよく考えれば……音恵との色々なやり取りが久しぶりで、悲しいような、虚しいような。


 無意識に両眉を下げてしまっていた碧空に、エコー音になった音恵の声が響く。


「“私ね?りくくんとこうしてまた電話できたの、とっても嬉しいんだ”」

「!?」


 嬉しい気持ちを噛み締めるように言う音恵の発言に、碧空はまた心臓を……


 スマホを耳に押し当てながら、碧空は枕に顔を埋めて何とか正気を保とうとする。

 電話し始めてからというもの、音恵しか意識が出来なくなってしまっていた。


「“さっきだってね?返信だけどりくくんからの久しぶりのメッセージで、嬉しすぎてちょっと返信が遅れちゃった”」

「──ッ!?」


 音恵からの更なる追撃に、碧空は枕の中で声にならない叫び声をあげた。

 ……もう、心臓が破裂しそうだ。冗談ではなく、本気でそう思えた。


 碧空はふと、通話時間を確認する。

 通話していた時間は……1分半だった。


「そ、そうなんだ……」


 これがまだまだ続くのだろうと察した碧空は、心臓がもつかな、と思った。

 しかし、苦しいけれど苦しくなく……そんな複雑な気持ちになりながら、碧空は弱々しくそんな相槌をうつのだった。

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