EP3【連絡を取っただけなのに】

「………」


 風呂から上がるなり、碧空りくは手を目の前に掲げて握ったり開いたりを繰り返していた。

 別れてからしばらく経つが、未だに音恵おとえの感触が残っている気がする。


「……はあ」


 風呂上がりからか頬を熱くしつつ、碧空は気分が落ち着かない自分にため息を吐いた。


 なんだか、十数分しか話していないのに、先程の音恵は可愛すぎた、と思ってしまう。

 昔からずっと好きで可愛すぎる幼馴染ではあったが、付き合い始めてから更に可愛く見えていた。


 そんな音恵を意識しまくっている自分の姿を彼女に見せないでいい今が、少しありがたく感じる。


「音恵……」


 ……だとしても、彼女と居られない今の時間が寂しく感じるのは確かだ。

 昨日までは全然大丈夫だったのに……と、やはり音恵を意識しまくっている自分が信じられなくなってしまう。


<ピコンッ>


 これまた自分にため息を吐いていると、ポケットに入れていたスマホが振動する。

 珍しいな、などと思いながら画面を確認すると……碧空は、その画面に仰天した。


【おとえ♪ 新着メッセージ】


 内容はロック画面だとまだ出てこないけど、音恵からメッセージが来ている。

 その事実に、これまた夢なのではと碧空はつい疑ってしまう。


 だが、今度は頬を強く抓ってみるもやはり現実だった。現状は変わらない。


 というか、実は碧空も音恵にメッセージをしようか葛藤かっとうしていたのだ。

 それを、先を越されてしまった。自分がみっともなくて、何回目かも分からないため息を吐く。


 とりあえず、碧空は慌ながらメッセージアプリを開いた。


:おとえ♪:

[りくくん、晩御飯食べてから時間あるかな?]


 来ていたのはそんなメッセージだった。確認すれば、前に連絡を取ったのは約5年前。

 恐ろしい年月に少し気が沈むも、今日はもう暇である碧空は返信を打ち込んだ。


:青空(りく):

[大丈夫だよ。どうしたの?]


 どんなメッセージにするかまた葛藤したが、質問に答えることだけにした。

 だが、もっと面白みのある返答をすれば良かったかもしれない。今更後悔こうかいしてしまう。


「………」


 どんな返信が来るんだろう、と何故だか心臓が暴れだす。

 大袈裟おおげさだろうが、まるで裁判の判決を下される直前のような気分だ。


 それによって、告白の時と同じようにとても長い間待ってるような感覚に陥る。

 まだ短時間なのだろうが、今もなお心臓は暴れだし、ドクンッドクンッと直接脳に血流で叩いてきて、もう限界だった。


<ピコンッ>


 自分がどうしたのか分からなくなっていると、再びスマホが振動する。

 少し視界が濁っていた碧空はそれでハッとして、焦点を定め画面を確認した。


:おとえ♪:

[晩御飯を食べてから、L〇NEで話せないかなって思って。どうかな?]


 再び音恵からのメッセージだ。ふと確認すれば、碧空が返信してから3分が経っていた。

 長い時間は錯覚さっかくではなかったのかな、と思いつつ、碧空は返信を打ち込む。


:青空(りく):

[分かった。何時くらい?]


 晩御飯を食べてから、というのは両家の都合によるため、そう尋ねてみる。

 今も時間はあるし、晩御飯など待つのはダメなのかな、とも思ったが、まあそれも音恵側の都合だろう。


 先程とは打って変わって、音恵からの次の返信は直ぐに来た。


:おとえ♪:

[20時くらいかな。いけそう?]


 咄嗟に碧空は時計を確認すると、今は18時だった。あと2時間後、という事になる。

 とても長い時間待たされるんだな、としみじみ思いつつ、碧空は再び返信を打ち込む。


:青空(りく):

[大丈夫だよ]

:おとえ♪:

[ありがとう。また後でね]


 これまた直ぐに返信が来た。先程の3分間には、何があったのだろうか。


 ……いや、だからそれも音恵の都合だろう。

 どうにもせっかちになっている自分に、碧空はまたため息を吐いた。


 とりあえず、話の流れを見る限りは恐らくこれで今のところの連絡は終わりだろう。

 少し名残惜しくはあるものの、碧空は大人しくスマホをしまった。


「………」


 すると、ずっと高鳴っていた心臓がようやく治まってきたのを感じる。

 しかし同時に、焦燥感しょうそうかん、というのか。何やらうずうずとした気分になり始めた。

 ……まあ、理由は明確。約束の20時が早く来て欲しくて、仕方がなくなっているのだ。


 連絡を取っただけなのに、様々な感情が入りみだれていたのを今に自覚する。

 やはり自分は、音恵を意識しまくっている。そう結論し、しかしそれは嫌ではなく、碧空は一人首を傾げたのだった。

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