EP2【「……手、繋ご?」】

「これからよろしくお願いします、神山碧空かみやまりくくんっ」


 夢じゃ、ないだろうか。

 自分の告白を音恵おとえが承諾したことを、そんなふうに思ってしまう碧空がいた。


 試しに碧空は、親指の爪で人差し指を強く刺し込んでみる。


 ……現実だ。じゃあ、目の前に映る音恵のこの笑顔は本物、ということになる。

 それを認識すると、碧空は嬉しさのあまり頬が緩んでしまった。


「りくくん?」


 一人そんなことをやっていると、怪訝に思ったのか音恵が顔を覗き込んできた。

 かなり距離が近く、なにやら良い匂いが漂ってきて……碧空は思わず、目を逸らした。


「りくくん……?」


 すると音恵は、先程の笑顔とは一点とても悲しそうな顔を浮かべる。

 それを見た碧空は更に慌てだし、先程の音恵の返答を言うため口を開いた。


「ありがとう!こちらこそよろしく、音恵!」


 しばらく口にしていなかった幼馴染の名前を口にしたことに、碧空自身は気がついた。

 なんだか、恥ずかしい。だけれど、彼女の名前を呼べたことに、少し嬉しさを感じる。


 そんな碧空の言葉を聞いた音江は、頬を赤く染め、再度満面の笑みを向けて頷く。

 その笑顔は、今の碧空……いや、今後の碧空にとっても、凄まじい破壊力だった。



 □



 そのまま二人は、横に並びながらゆっくりと家路に就くことになった。


 こうやって一緒に帰るのはいつぶりだろうか、と碧空は感慨に耽りながら、隣を見る。

 隣で歩いている音恵は、なにやら俯きながら碧空と同じ速度で歩いている。


「……ね、りくくん」


 かと思えば、音恵は顔を上げて碧空の名前を呼んできた。


 その頬はやはり赤く染まっていて、上目遣いで碧空を見据えてくる。

 碧空は顔が熱くなるも、先程の経験から目を逸らしてしまうのをぐっ、と堪えた。


 「どうしたの?」と首を傾げて碧空は尋ねると、音恵は片手を碧空に掲げて口を開く。


「……手、繋ご?」


 にへらと笑いながら提案してきた音恵のその言葉に、碧空の心臓は反応を示した。

 意味を理解すると共にそれは強い音を鳴らし始め、その手に視線が吸い寄せられる。


 思春期真っ盛りな高校生は、恋人になると手を繋ぎ出すイメージがあるかもしれない。

 だけど、碧空と音恵はそれをしていなかった。幼馴染とはいえども、疎遠になっていた事実がそれを押さえ込んでいたのだ。


 しかし、音恵はそれを早速とばかりに打ち破らんとしているようで。


「ずっと、したかったんだけど……ダメ?」


 驚愕に黙り込む碧空に、音恵は不安そうな表情で首を傾げながらそう尋ねてきた。

 その絶妙な声質、うるうるとした瞳を向けられ、碧空はブンブンと首を横に振った。


 それを確認した音恵は「よかった」と微笑み、掲げた手で碧空の片手を取った。

 碧空が反応するよりも先に音恵はにぎにぎと手を握ってきて、小さくも確かな肌の接触に、碧空の心臓は更に暴れ出す。


 小さかった。


 まともに働かない頭の中で碧空が思い至った感想は、まずそれだった。

 碧空は男子の中では細身で、その分手も小さい方なのだが、音恵の手はそんな自分の手よりも更に小さく感じた。


 そして、柔らかい、温かいなど、瞬く間に脳内で感想が作り出されていく。

 それは何一つ悪印象なものは存在せず……すごい力だな、と碧空は感じた。


 音恵の方はというと、未だに碧空の手をにぎにぎと握り、とても幸せそうな表情を浮かべている。

 そして、碧空の視線に気がついたかと思えば、今度は無邪気な子供のような笑顔を浮かべた。


「また一つ、夢がかなっちゃった」


 その意味を時間差で理解した碧空の脳と心臓は、もはや絶頂を迎えかけていたのだった。

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