本編
EP1【「遅いよ……っ」】
家が隣で異性の幼馴染 という存在を持つのは、中々に珍しいことかもしれない。
だけど
中学の時から疎遠になっているけど、小さな頃から今でも大好きな隣人の幼馴染が。
その少女の名前は
それだからか学校では目立たないけど、彼女はとても可愛いのを碧空は知っている。
常に柔らかい表情を崩さず安心感を与えてくれるし、たまに浮かべる笑顔を見ると胸がきゅん、とするほど美しい。
それでいて彼女は昔からとても優しくて、恥ずかしがり屋で、ちょっとドジで。
碧空は遠目で見ることしか出来ないから、それを間近で見ることが出来る女子がとても羨ましく感じていた。
でも、男子の中で音恵の可愛さを知っているのは碧空は自分だけだと思っていた。
男子はクラスのマドンナに視線が奪われていて、他の女子を見れていないのだ。
それは少し悔しく感じていた碧空だが、同時に優越感を一人勝手に感じていた。
だけど、それは大きく違っていたことを碧空は知ることになる。
碧空以外にも、彼女の魅力を知っている男子が他にいたのだ。
その男子が校舎裏で音恵に告白しているのを、碧空は偶然見てしまった。
その告白を音恵は断っていたけれど……次は、ないかもしれない。
そう考えた碧空は、その次の日、彼女に告白することを決めたのだった。
□
翌日。
いつもより早く学校に来た碧空は、彼女の下駄箱に校舎裏に来るよう手紙を仕込んだ。
今どき古臭いかもしれない、俗に言うラブレターというものだろう。
好意の気持ちはまだ書かなかったけど、碧空は書く時はすごく恥ずかしい気持ちに陥った。
まあそれはいいとして、果たして音恵は来るのだろうか。
校舎裏に来るなり、碧空は不安でいっぱいいっぱいになりながら音恵を待っていた。
「……りくくん?」
そんな碧空に、聞くと落ち着く、鈴の音に似た綺麗な声が背後から呼びかける。
反射的に勢いよく振り返ると……碧空を見て目を見開いている、音恵が立っていた。
碧空は音恵を視認すると、急に緊張感からか挙動不審になってしまう。
呼んだのは自分なくせに、音恵が来てくれたことが少し信じがたく感じていた。
というか、久々に名前を呼ばれたことに、これまた碧空は気持ちが乱れてしまう。
「えっと、久しぶり……だね」
そんな碧空を他所に、音恵は心做しか頬を赤く染めながらそう言ってきた。
その言葉を聞いてハッとした碧空は、コクコクと勢いよく頷く。
「う、うん、久しぶり……」
「うん……前に話したの、確か中学一年生の頃だった、よね」
イマイチ歯切れが悪い音恵に不安を覚える碧空だが、その言葉に「そうだっけ」と答えつつ悲しくなってしまう。
思春期に入る頃、いつも一緒にいる所をからかわれて音恵と疎遠になったのだが、時が過ぎるのは早いものだった。
……だけど、碧空は今日でそんな関係を終わらせたい、と一人考える。
緊張感はやっぱり凄いが、そのまま音恵が他の男に奪われてしまうのだけは、絶対に耐えられないのだ。
「……話があるんだ」
奥歯を噛み締めて改めて決心し、碧空は深呼吸をして本題を切り出した。
急な話題転換だけれど、そんなの気にする余裕は今の碧空にはなさそうである。
碧空の言葉を聞いた音恵は、ごくりと息を飲んで「う、うん」と頷く。
その顔を見るに、何故だか音恵も緊張しているようだった。
碧空は再び深呼吸をして、そして、音恵の目を真っ直ぐ見て。
碧空は、勢いよく頭を下げた。
「好きです!付き合ってください!」
昨日音恵に告白した男と言葉が全く同じ言葉を、碧空は目をきゅっと瞑って叫んだ。
もう、勢いだけに任せた。断られたとしても、もはや後悔はないだろう。
……だけど、碧空は今になって再び恐怖を感じてしまっていた。
後戻りはもう出来ないけれど、もし断られたら……後悔はせずとも、絶望はするだろう。
「………」
まだ一瞬しか経ってないはずなのに、とても長い時間を過ごした感覚がある。
早く答えが欲しい。まだ待って欲しい。矛盾した願望が、碧空の心を蝕んでいく。
──そんな事を考えていたその刹那。ぽんぽん、と、肩を叩かれた。
反射的に、碧空は目を見開きながら下げていた頭を上げる。
すると、碧空が音恵を見ようとする前に、体が締め付けられる感覚に陥った。
──その音恵が、勢いよく、そして力強く、碧空の体を抱きしめていたのだ。
「えっ、ちょっ──」
「遅いよ……っ」
「っ……!」
困惑して慌てだそうとする碧空だが、鼻声気味な音恵の言葉を聞いて黙りこんでしまう。
意味自体は、理解できない。だけど、心に訴えかけてくる何かを感じる。
それが何か、頭をフル回転させて考えようとすると、今度は両肩を掴まれた。
それによって考察は中断され、碧空は自分の肩に顔を埋めていた音恵の方を見る。
すると音恵は、碧空の両肩を掴んだまま顔を引いて、碧空の顔と目を合わせた。
そして、じっ……と潤んでいる碧眼で、しばらく碧空を見据えてくる。
それから、ふと目を瞑ったかと思えば、見たことがない笑顔で口を開いた。
緩みきった頬は赤く染まり、瞳はとろんとして……満面とも言える、笑顔だ。
「私も、ずっと碧空くんが好きでした。その告白、喜んでお受けします」
その笑顔は、碧空が生きてきた人生の中で、どんなものよりも眩しかった。
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