1章 第1話 行き倒れのツバメ

 「ここは...」


 少女が目覚めると、眼前に映ったのは見たことのない木造の家の天井だった。確か自分はこんな場所ではなく、肌も凍りつくような吹雪に曝された真っ白な大地だったはずだ。身体を起こすと、質素ではあるが、程々には広い木造の部屋が目に映る。やはりここは誰かの家の中らしい。


「おや、起きたのかい?」


 物音に気付いてか、この家の住人だろう長身の女性が姿を表す。もう高齢だろうか、頬には大なり小なりのシワが見えるが、それでも背を真っ直ぐに堂々と立っており、束ねられた白髪はまるで外の雪景色のように一切の汚れもなく、同じく女性である少女でさえ思わず見惚れてしまうほどだ。女性はこちらが頷くのを確認すると、近くの机に服を何着か置くと小さくため息をついた。


「あんた、下着一枚であの雪山に倒れてたんでビックリしたよ。ほら、さっさと服を着な。このまま凍死されちゃあ寝覚めが悪いからねぇ」

「あ、ありがとうございます。おばあ...様」

「ティアさんて呼んでくれればそれでいいよ。ほらほらさっさと服を着な。お礼はそれからだよ」


 そのまま少女は強制的に着替えさせられたのであった。




「へぇ、あんた、記憶喪失なのかい?」

「(むぐむぐっ)」

「いいよいいよ。そんなリスのような頬っぺたをどうにかしてから物を言いな」


 よほどお腹を空かせていたのだろうか?ティアにとっては3食分はありそうな食事を片っ端から口に突っ込んでいく少女の姿に思わず苦笑する。そのくせ、律儀にこちらの質問に答えようとするため、何度も食事を喉につまらせている。話すか食べるかどっちかにすればいいのにと呟いていると、ようやく食べ終わったのか、少女が口を開いた。


「ティアさん、服に食事までありがとうございます!」

「いいよいいよ、ババア一人ではただ腐らせるだけだからね。むしろ使ってもらって嬉しいぐらいだよ。そういえばあんたの名を聞いてなかったね」

「実は何も分からないんです。自分の名前も、目的も、何のために生きていたのかさえ。でもこれだけは持ってたんです」


 記憶もなく、服すらも満足に着ていなかった少女。そんな彼女が差し出したのは、鈍色に輝く歪なネックレスだった。まともな形をしておらず、町で買える安価なアクセサリーの方がまだずっと綺麗な形をしている。するとティアはふとアクセサリーに小さく二つの名前のような文字が刻まれていることに気付いた。別の金属で彫ったのだろうか、所々歪んだ文字で辛うじて、『オウジョ』と『ツバメ』と掘ってある。


「何故かこれだけは捨ててはダメだってことだけは覚えているんです。......仕方がないので、今はツバメと名乗っているんです。あと、えっと、不思議な夢をみるんです!すごく不思議な」


 そこまで言ったところで、突然入り口が解き放たれ、大柄の甲冑を身に纏った騎士が何人も家の中に入ってくる。


「っ......」

「やはり貴女が匿っていたのですね。大変困ります。我々の指示なく勝手に行動されては......」

「あんたに言われる筋合いはないよ。それにしても堕ちたものだねぇ、騎士団長様」

「そこにいる黒髪の女を渡してください。彼女は恐ろしき罪人です」

「わ、私が何の罪を」


 ツバメが立ち上がるよりも速く、騎士団長と呼ばれた騎士は走りだし、手に持った剣をこちらに向かって振り下ろした!


「犯しましたよ、とんでもない罪を」


 顔の寸前で剣が止まる。


「我らが女王を嫉妬させた罪だ!」


 ティアが立ち上がろうとするが間に合わない。もう一度剣が振り下ろされる。そうすればもう終わりだ。身体を反らそうにも、恐怖ですくんで全く動けない。


(......これが私の最期?)

「トドメだ!」

「ツバメっ!!?」

(何も思い出せないまま...)


 首から下げている鈍色のネックレスが淡い光を放つ。


「死にたくなんて、ありません!」

『集え、黄昏の羽よ。翼の勇者の意志を目覚めさせ、エメラルドの双刃を携え、降臨せよ』


 放たれる光は刃のようになり、騎士団長を吹き飛ばし、まわりの騎士たちを切り刻む!


『翼の勇者イカロス!』

「こ、これは、こんな事が!」


 騎士団長の悲鳴を余所に、光の中から無数の流れ星のような瞬きが飛び立ち、それぞれがトランプのようなカードの形へと変化する。そしてそのまま、ツバメの左手へと集束したや否や、まばゆい光を放った。


「ルドロックカード......まさか、あんたの見ていた夢っていうのは!」

「申し訳ありません。私はまだ、死にたくなんて、ないんです!」

「......なるほど、だが一方的な蹂躙が、ただの虐殺に変わっただけですよ。精々後悔しながら死ねっ!」


 先ほどまで転がっていた騎士たちが光となって消え、そのまま彼の左手へと集束する。


「覚悟しろっ!オープンルドロックっ!」


 怒号がびりびりと家を振動させる。今まさに二人の死闘の火蓋がきって落とされたのだった。

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