Scene #3

 古代――、コリンダの原。

 白く小さな粒子が、きらめきを放ちながら舞っている。

 魂のかけらが浮遊しているような幻想的なこの光景が、俺は好きだった。ここにいると、俺の心も浄化されるような、澄んだ気持ちになる。

 ただ、今はここで心穏やかにしている余裕はなかった。一刻も早く、ヒルダにかかっている呪いの原因を探さなければならない。

 探さなければいけないのだが――。

「来てはみたものの、どうやって手掛かりをみつけようか」

 広いコリンダの原、精霊はそこら中にいるだけに、どこから手をつけていいものか途方に暮れていた俺の本音が、思わず口から洩れてしまった。小声で呟いたつもりだったが、不覚にも――。

 グレースの耳に入ってしまった。

「なんだい、あんた、方策もないまま、ここに来たんか? やっぱり、わしがついてきて、正解だったじゃないか」

 グレースは、俺に向かって勝ち誇ったように言い放った。

――ヒルダの家から出てきたときの、あのしおらしい態度はどこにいったんだ。

 そう突っ込んでやろうとしたものの、その隙すら与えないまま――。

 俺に見せつけるように、グレースが、ふところから何かを取り出した。

 小さな玉のようなそれは、グレースの手元で淡い光を放っていた。

「グレース、手に持っているそれは何だ?」

「前の騒ぎの時、プリズマの原石から『夢幻むげん虹石こうせき』ってのを作ったの、覚えとるかい?」

 幻視エコーは、人々の欲望やエゴといった悪夢を吸収し、具現化する怪物だった。長い眠りから目覚めた幻視エコーと、俺たちが最後の戦いに臨むとき、グレースから授けられたのが、プリズマの原石を「夢幻の虹石」に変える術、だった。グレースから教わったとおり、マーロウ達、ホライの皆の純粋な願いを込めることによって、プリズマの原石は、強く清浄な光を放つ「夢幻の虹石」へと変化した。そしてその輝きによって、悪夢にまみれた幻視エコーは浄化され、あの厳しい戦いに終止符が打たれた。

「これはな、あれと同じプリズマの原石の一種じゃ。人間の感情、それも強い感情に反応して、色が変わるんじゃ」

「もしかして、グレースの準備って、それを持ってくることだったのか?」

「そうじゃ。それより、あんたがおしゃべりすると、気が散ってしょうがないから、黙ってわしのすることを見とってくれ」

 グレースは邪険じゃけんにそう言うと、手元の原石に意識を集中させた。

――すっかり、グレースに呑まれているな。

 といって、他に手立てがないのも事実なので、仕方なく、黙ってグレースのすることを見守ることにした。

 と、石から放たれている白く淡い輝きが――。

 血のような赤い色になり。

 まもなく深い群青ぐんじょう色へと変わり。

 やがて不気味にゆらめく、黒い影を放ち始めた。

 グレースは、ひとしきりその光の動きに意を注ぎ続けて、おもむろに口を開いた。

「ああ、この色は、とてつもなく深い悲しみ。この感情は、どうやら北西の方から来ているようじゃな」

 グレースがそう言いながら指さした先に――。

 星の塔があった。


 第3の炭鉱は、時の塔の跡地あとちだった。

 それを考えれば、第1の炭鉱が星の塔の跡地であることは、おかしなことではない。ただ、時の塔には幻視胎という怪物がいたが、星の塔はパルシファル王が隠れ住んでいた場所にすぎない。そのパルシファル王も亡き者となっている今、星の塔は廃墟同然になっていて、特別なものは何も残っていないはずだった。

 行って確かめればいいか――。

 そう思い、星の塔目指して進むと、塔の入り口を取り囲むようにしている兵士たちの一団が見えた。

 恰好かっこうからすると、パルシファル宮殿の兵士のように見えるが、雰囲気が異様に物々しい。

「何やらわけありな匂いがするね。行って聞いてみようじゃないか」

 目ざとく兵士たちを見つけたグレースは、そう言い残すやいなや、矢のように走り去ってしまった。

――勝手な行動をしないでくれ。

 俺はそう叫ぼうとしたが、グレースの背中はみるみるうちに遠くなっていく。もう、全速力で追いかけるよりほかになかった。

 それにしても、グレースは年の割に、身のこなしも足も速かった。

 俺たちがグレースに追いついた時には、グレースはすでに兵士たちと何事か話し込んでいた。

「グレース、頼むから一人で突っ走らないでくれ」

 俺は息も切れぎれにそう言うのが精一杯だった。

「そんなことより、どうやらここで間違いないようじゃ。この塔の地下に、『精霊使いの魔女』ってのがひそんでいるって話じゃ」

 精霊使いの魔女――、それなら精霊のミイラと繋がる。

――当たりのようだ、俺がそう言おうとした矢先、サイラスが口を挟んだ。

「精霊使いの魔女、でござるか? しかし、その者がここにいるはずがないでござる」

 サイラスの口ぶりは、ひどく断定的だった。かつてパルシファル王に仕えていたサイラスだから、何か事情を知っているのかもしれない。

「サイラス、『魔女がここにいるはずがない』って、どういう意味だ?」

「どうもこうも、精霊使いの魔女は、とっくに亡くなったはずでござる。なんでも、国家反逆を企てた罪だとかなんだかで、パルシファル王に処刑されたと聞いていたでござる」

「そうすると、死んだはずの魔女がここにいるってことになるな……」

 俺たちの会話に、兵士の一人が割って入った。

「今、塔の地下に潜んでいるのは、間違いなく精霊使いの魔女です。パルシファル宮殿の地下牢に幽閉されていたのですが、脱獄して星の塔に逃げ込んだのです」

 宮殿の地下牢と、星の塔の地下とは、つながっていて行き来いききできるようになっている。

 それを考えれば、兵士の話の信憑性しんぴょうせいは高そうだが、サイラスはまだ半信半疑のようだった。

「なんと、では処刑されたという話は、間違いだったのでござるか?」

「それに関しては、処刑しても死ななかったとか、死んでもよみがえったとか、様々な噂が飛び交っていて、真実のほどは我々も知らないのです」

――死んでも蘇る。

 かつて、いくたび倒しても蘇った、恐るべき魔女がいた。

 それは、幽冥ゆうめいの魔女レプティレス、――本当に厄介やっかいな敵だった。

 もし、精霊使いの魔女も同様の使い手であれば、どんな過酷な戦いが待ち受けているか分からない。

「その、精霊使いの魔女って、どんな術を使うんだ?」

 この先のことを考えれば、少しでも情報が欲しかった。俺は兵士に尋ねた。

「精霊使いの名の通り、ここいらにいる精霊を使役するのです。火、水、土、風の精霊から、その元素を取り出すことはもちろん、それらを組み合わせて、より複雑な術に変えることができるとも言われています」

「ちょいと聞きたいんだけどさ……」

 俺と兵士とのやり取りに、グレースが口を挟んだ。

「……そいつは、精霊をミイラにする術は使わんのかい?」

 グレースの問いに、兵士の一人が、――聞いた話ですが、と前置きしながら答えた。

「何でも、精霊をミイラにするとき、精霊が吐き出す怨念を集めて、それによって呪詛じゅそを行うのだという話です。あらゆる術の中で、最も危険なものだと聞いています」

――精霊をミイラにし、その怨念を集めて呪詛する。

 間違いない。

 ヒルダにかかった呪い、その正体が、おぼろげながらも見えてきた。

 そうすると、敵は精霊使いの魔女となるが、精神体を扱えるとすれば、相当に厄介な相手になるだろう。少なくとも、単純な使い魔しか使役しなかったレプティレスのときより、難しい戦いになることは覚悟しなければならない。

――みんな、気を引き締めていこう。

 俺がそう声をかけようとした時、すでにグレースは星の塔に向かって走り出していた。

――またかよ。

 そう思った瞬間、背後のエイミから殺気がほとばしるのを感じた。こうなると、魔物よりエイミのトリプルダウンの方がはるかに危ない。俺はエイミに背を向け、逃げるように星の塔に向った。

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