暴走

「……微妙かな」


 手応えが薄い。殺せたかどうかは半々ってところか。

 考えながら近づいて行くと、突然肉塊が暗色の光に包まれる。


 僕が見守る前で、ソレは見る見るうちに姿を変えていきーー瞬く間に混ざり者の、デコボコに膨らんだ灰色の体へと変貌へんぼうした。


 変装の魔法。それも限りなく本物に近い、とても高度のもの。

 混ざり者になってなおここまでのものを使えるとなると、元となった人物は相当な実力者だったのだろう。


「ま、どうでもいいんだけど」


 繋がる先のなくなった首を引っ掴んで持ち上げる。

 やはりと言うべきか、コレはまだ生きているようだった。


 穴の空いた胸と首の先端からは黒い霧のようなものが立ち昇り、少しずつ肉体を修復していく。

 人体急所を潰されて死んでないところを見るにこの個体、下手すると八割方はパンドラ化しているのかもしれない――


『……ぁ…………ゼ、ワカっ……タ……?』


 ふと、そんな耳障りな声に顔を上げる。

 出所は目の前の混ざり者の肉体。未だに人の言葉を保っていたことに、僕は僅かに目を見張る。


 まさかこんなにも運の悪い人がいる……いや、いたとは。

 彼の不運に敬意を表して、僕は素直にその質問に答えてやる。


「……腹を破られてるのに息に血が混じってないし、血溜まりも血の跡もどこにもない。そもそもパンドラや混ざり者にやられて汚染も欠損部位もないわけがない。あんなのに騙される奴がいるなら見てみたいね」


 何より、汐霧は死にかけても僕に助けを求めたりなんてしないだろう。

 初めての戦場で狼狽する童貞の雑魚ならともかく、こんなに要素が揃っていれば引っかかる方が難しいくらいだ。


「で、僕からも質問。お前は誰? 何故混ざり者になった」

『……ァ、アアァ?』

「ああ、もう分かんないか。――じゃあ殺してやる」


 『混ざり者』の体を天高くに放る。その放物線の頂点を予測し、右手で照準を付ける。

 アレはまだ『混ざり者』とはいえ、もう殆どパンドラと化している。核を壊さない限り何度でも復活するだろう。


 現状、どこに核があるかは分からない。

 だがコイツはまだギリギリで混ざり者。パンドラのように核を体外に移動させることは出来ないはずで、間違いなく今放り投げた体のどこかに存在している。


 だったら話は簡単だ。

 あの身体ごと、塵一つ残さず消し飛ばしてしまえばいい。


 魔力解放。


「【アーツ】」


 右手から、純白の魔力の奔流が撃ち放たれた。

 刹那のうちに空を翔けた砲撃は、混ざり者の体を飲み込み、塗り潰す。


 大気を引き裂き。

 雲に大穴を開け。

 空中に真白の残滓ざんしを残し。


 全てを呑み込んで、【アーツ】はようやく遥か彼方の空へと消えていった。


 【アーツ】。

 とにかく大量の魔力を収束して解放するという、単純明快な魔力の砲撃。

 相手を丸ごと磨り潰すための、力任せを絵に描いたような技だった。


 これは馬鹿げた範囲と威力を誇るため、今のように相手が空中にいないととてもじゃないが使えない。地面に向けて撃ったりしたら目を覆うような被害が生じる。

 【キリサキセツナ】や【ショット】のような取り回しの良さがない、すこぶる使い勝手の悪い技だった。


「……ちょっとやり過ぎたか」


 少しオーバーキルが過ぎた気がしなくもない。

 まぁ、ちょっと昔を思い出させてくれたお礼とでも受け取って貰うとしよう。


「――【アサルトスフィア】。セット、ロック」


 なんて、くだらないことを考えていた、その時。

 僕の背後から、殺気に満ち満ちた声が響いた。


 この声は――いや、それよりも!


強襲アサルト

「【キリサキセツナ】ッ!」


 振り返りながら、防御の魔法を絶叫する。

 視界を埋め尽くすのは、数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔力の弾丸。

 僅かな時間差で、怒涛どとうの如く襲いかかるそ全てを処理出来たのは、半ば奇跡に等しいことだった。


 そんな安堵を抱いた、直後。


「【コードリボルバ】」


 銀髪をたなびかせ、魔力の爆風から突き抜ける少女の姿が一つ。

 残像を発生させながら彼女は片腕を目一杯引き絞り――僕の眉間目掛け、撃ち放った!


「っぐ……!」


 必死に顔を傾けるも、左の頬に鋭い痛みが走った。

 躱し切れなかった手刀が一直線に裂いて行ったらしい。視界の端を赤々とした飛沫が乱舞する。


 それら一切合切全てを無視して、僕は前へと踏み込んだ。


「……!」


 攻撃を喰らいながら突っ込むのは流石に予想外だったのか、襲撃者の反応が遅れた。

 そのコンマ数秒の刹那の時間、僕は伸ばし切られた彼女の肘を取ることに成功する。


「【インスタントスタンガン】!」


 ズバチッ! と音を立て、接触している腕に魔法の電撃を流し込んだ。

 こんな初級魔法、この襲撃者相手じゃ時間稼ぎにもならないことは分かっている。一瞬刹那を奪うのが限界だ。


 時間がない。急げ、僕よ。


 肘をキャンセルして彼女の肩を掴む。

 真正面の目と鼻の先から彼女の瞳をまっすぐに見据え、そして声を張り上げた。


「落ち着け汐霧! 僕だ、儚廻だ!」

「………………………………はか、なみ?」


 小さな呟きとともに、少女の体から戦意と力が抜け落ちた。

 崩れ落ちる体を抱き留めながら、僕は再確認する。今の魔法と戦闘能力、それにこの容姿。今度こそ間違いない。


 僕に攻撃を仕掛けてきたのは、本物の汐霧憂姫だった。


「汐霧、お前……」


 一日ぶりに見る彼女は、大分変わっていた。

 清潔感の象徴たる病院着は見るも無残なボロになっており、体の方にも細かい傷がちらほらと見える。

 全身パンドラや混ざり者の血塗れで、自慢の銀髪も染めたのかと思ってしまうような有様だ。


 だが、何よりも気になったのは彼女の表情だった。

 虚ろな瞳に生気のない表情。どこか憔悴した様子で、いつもの凛としたお澄まし顔は影もない。

 さっき殺されかけてなければ、こっちが偽物と言われても信じていただろう。


「……儚廻。ぁ……私は、何を……」


 ……取り敢えず、正気には戻ってくれたようだった。


「僕をパンドラと思って殺しかけてた」

「あ……」

「後で金くれ。それでチャラだ。それよりほら、帰ろう」

「……だめ、駄目です。あと一体、逃げたから……倒さないと」


 汐霧は幽鬼のような足取りで歩き出そうとして……しかし上手く力が入らなかったらしく、ガクンと沈み込んだ。ああもう、危ないな。

 しかし今の発言を聞くに、汐霧はさっきの一体以外の全てのパンドラや混ざり者を、この短時間にたった一人で処理し切ったらしい。


 流石に荒唐無稽な話だが……今の彼女が嘘を吐けるとは思えないし、体に付着した返り血の量が量だ。

 少なくとも10やそこらじゃ下らない数を殺ったのは間違いないだろう。


「そりゃ、疲れもするか」

「……?」

「何でもない。あとその逃した個体ってのは僕の方でちゃんと処理しておいたから。だから、……?」


 そこまで言ってから、汐霧の様子がどこかおかしいことに気付く。

 横合いから彼女の顔を覗き込み……僕は思わず息を呑んだ。


「……嘘」


 短く、抑揚なく呟く彼女の表情はいつの間にか、見たこともないほど凄惨なモノへと変わり果てていた。

 ぶつぶつと独り言を繰り返しながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。


「嘘、嘘…………私の、功績が……完璧が……完璧じゃないと、駄目なのに……あ、あ、ああ…………だめなのだめ……捨て、捨てられ、る? そう捨てられる……」


 ガタガタと震え、ふらふらと軸の定まらない体。抑揚なく、しかし段々と熱の入り出した言葉。

 あまりに異様な様子に、僕は何も言えず見ることしか出来ない。


「完璧じゃないと……捨てられる。……そう、だからわたしはすてられる。…………嫌。いや、いや、いや……」


 そこで彼女は、一連の動作が嘘のようにブツリと言葉を切った。

 壊れ切った市街に不気味な沈黙が流れる。


 ふらり、ふらり。一歩、二歩。

 汐霧は僕から距離を取って、くるりと振り返った。


 そして。


「――あああああああァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 絶叫が、灰色の空の下に響き渡った。

 小さな体から膨大な魔力が溢れ出る。

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